【小さじ1】くしゃみ

 霊感ゼロの父と、相当強い霊感の母。

 私が受け継いだ血は、父親の方でした。つまり、ほとんど怖い目に遭った事がありません。


 経験したのは、今までにたった三回だけ。しかも、どれもそれほど怖くない…というのが、この物語を書こうと思ったきっかけでもあります。


 これは、そのうちのひとつです。




 地元を離れて独り暮らしを始めたばかりの私は、その日も夕飯のチンジャオロースーを作っていました。

 ハマるとそればかり食べるクセがあったので、確か三、四日目だったかだと思います。


 住んでいたアパートは八畳一間。狭いキッチンが言い訳程度にくっついている、手狭な部屋でした。


 まな板に向かうと、部屋は背中側です。テレビから流れるバラエティーの音を聴きながら、肉と野菜をちょうど切り終わった時でした。


「えぇっくしょい!!」


 勢いのあるくしゃみです。年配のおじさんの声で、背中越しに聞こえてきました。

 アパートは三階。外からでもなく、明らかに部屋の中での距離感です。


 知らないおじさんのくしゃみが自分の部屋から聞こえてくると、どうなるか。私はこうでした。


「……ええ?(笑)」


 あまりに江戸っ子然としたくしゃみに、思わず笑ったのを覚えています。

 その部屋で起こった不思議な事は、これ一度きりでした。

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