第3話 バカの安い考え②

 僕が先生と話した内容を聞いたオウルは、改めて疑問を口にした。


「じゃあなんでまだそれやってんだ?」

「諦めなければ何でも出来るって、前に先生が言ってたから」

「限度がある。つーかお前、うっすらクマ出来てんぞ。まさか徹夜したのか?」

「十徹目―」

「寝ろ」

「やだー、先生の期待に応えるのー」


 首根っこを掴まれそうになったのを、体を傾けて避ける。さらに伸ばして来た腕に手を着いて跳躍。オウルを飛び越えて、そのまま肩に手を置いて背中にへばりついた。おんぶの体勢だ。これなら手は出せない。いつもの攻防だから、オウルも今更大きな反応はしなかった。


「なら正攻法でなんとかしろよ」

「でも友達とか仲間とか、作り方わかんないし作りたくないよー」

「俺はどうなんだよ」

「……あっ!!」


 耳元で大きな声を出されたオウルが一瞬身を震わせる。ごめんね、でも謝るよりも先に言いたいことが出来てしまった。


「ね、ね。オウル、一緒に」

「行かねぇ」

「えー!? いいじゃん、行こうよー。一緒に迷宮踏破しようよー」

「爺を殺す気か。この年であんなところ潜ったら死ぬわ」

「ケチー」

「見りゃわかんだろ。おら、そろそろ降りろ」

「はーい」


 ぱっと手を離して着地。視点が低くなっちゃった。鎧を出して無い時でも早くこれくらい大きくならないかなーなんて思いつつ、オウルの横に戻る。


「縁が駄目なら金だな、金。金で雇うなら、傭兵とかか?」

「傭兵ってあの、いつも迷宮協会の片隅にいる人達?」

「それだそれ。確かあいつら、青二才の探索者用に護衛の仕事もやっていたはずだ。戦力にはならねぇだろうが、魔法陣を起動させるのには十分だろ?」

「……うーん、よく考えたらそれも厳しいかも」

「お前が嫌だからか?」

「それもあるけど向こうが無理だと思う。その、前にちょっと、揉めたことがあって」


 僕の言葉を聞いてオウルは意外そうに目を細めた。


 この街に来てすぐの頃、僕はとある一級ギルドに狙われていた。なんでも迷宮内にはそれぞれ一級ギルドのなわばりがあるらしくて、いつの間にか僕はそれを犯していたそうだ。当時の僕はそんなのまったく知らなかった。というか今も正直よく知らない。誰も教えてくれないし、どこにも載ってないからだ。そういうルールとか守って欲しいなら、ちゃんとどこかに書いといて欲しいよね。


 とにかくそういう訳で、ある日僕は一級ギルドの探索者にお仕置きのため襲われて、普通に返り討ちにした。その後も襲われては返り討ち、襲われては返り討ちをしばらく繰り返していた。確か二週間くらいそんな日常が続いた後、まったく僕にお仕置きが出来なくて業を煮やしたのか、最後には迷宮協会に所属する傭兵を多分全員雇って、ギルド全体と合わせて一斉に襲撃してきた。


「えっとね、それでその、まとめて全員病院送りにしちゃって」

「派手にやらかしたな。てかあの騒動、お前が主犯だったのか」

「うん、反省してます。それでそれから向こうも、僕を見つけた途端逃げるようになって」

「傭兵は諦めるか」


 男らしい切り替えだった。僕もこれ以上この話はしたくなかったから助かった。僕がほっと一息ついている間にも、オウルは天井を見上げ心当たりを指折り数えてくれていた。ちなみに僕の心当たりは指一本、さっき生えたオウルしかなかった。


「なら他のギルドに所属してる奴らも駄目だろうな。ソロでやってる探索者の連中はどうだ」

「絶対やだ」

「言ってみただけだ。ソロの奴は大体癖が強いからな。他には、新人を鍛えるとかは?」

「色んな意味で危ないからって、迷宮協会に接触禁止令出された」

「……詰んでるな」


 オウルが深い深いため息を吐いて、それからぼそっと独り言のように呟いた。


「あとはもう、奴隷くらいか」

「……どれー?」

「もしかして、知らねえのか?」

「うん。何か特殊なクラスの人のこと?」


 やっべぇ、あいつに殺される。オウルが震えた声で呟いたのが聞こえた。僕が知っちゃいけないことなのかな。でも知っちゃったからしょうがないよね。教えてくれないかなぁって気持ちを込めてじーっとオウルを見つめていると、諦めたようにため息を吐いた。今日ため息多いね。


 それからどこか躊躇いながら、オウルが奴隷について教えてくれた。曰く、人ではなく物として扱われるようになった人達のこと。普通の刑罰や仕事では一生清算出来ない罪や借金をなんとかする、させるために出来た制度。奴隷になった人は専門店で売られて、自分を買い戻すため買った人の下で頑張って働き続けるということ。


 そこまで聞いて、僕は疑問から挙手をした。


「命に値段はつけられない、つけちゃいけないって先生に教わったよ?」

「値段はつけられる、人は買えるってことになってんだよ、この社会では」

「……よく分かんない」


 現代の人間社会の倫理は、聖教の経典が主な規範になっていますって先生は言ってた。全然興味が持てなかったから中身はほとんど覚えていないけれど、経典の中では人命は尊いもので、お金は穢れたものってなってたような。なのにどうして、命がお金で買えるんだろう。


 何度も何度も首を傾げる僕を眺めて、ようやくため息を止めたオウルが話を打ち切ろうとした。


「お前が知らなくてもいい世界だ。悪かったな、変な話して」

「ううん。それで、その奴隷の専門店ってどこにあるの?」

「は? いや知らねえけど」


 ぽかんと口を開けたオウルが反射的に返事をすると、やがて驚きに目を見開く。


「えっ、おま、今の話の流れで買いに行くのか? 命に値段云々はどうしたんだ?」

「もうお金で解決出来るなら何でもいいかなーって」

「妥協が早えよ。倫理を捨てるな、あいつが泣くぞ」


 先生泣くかなぁ、確かに叱られそうな気はするけど。でも金でも縁でも手段は問わないって、先に言ったのは先生だし。後出しで怒るのはよくないと思う。うん、まぁなんか、考えるの面倒になってきたし、早くこれなんとか出来るのならいいや。


「それにその奴隷なら友達とか仲間とかと違って、別に喋ったり仲良くしたりしなくても平気なんでしょ?」

「……まあ、奴隷と仲良しこよしってのはそう聞かねぇな」

「契約に縛られた関係、そう考えると多分お仕事と変わらないよね。そっちのが絶対楽」

「そうとも、いや言わねーよ、色々違ぇ」

「知らない人と一緒なのは嫌だけど、この際贅沢なんて言ってられない」

「もう聞いてないなこいつ」


 オウルが何か言ってるようだけど、僕は頭の中で皮算用をするのに忙しかった。奴隷がどこで売っているか。人見知りの僕が聞けるところ、聞けそうな人。当然のように今回も心当たりは一つしかなかった。今日はあの人いるかな。とりあえず確認しに行こう。


「迷宮協会行って、どこに売ってるか聞いて来る!」

「待てイリアス一旦冷静に、というかまず一回寝ろ!!」

「じゃあ行ってきまーす! 今日は夕飯僕作るから、台所入らないでねー!」


 時間が過ぎれば過ぎるほど、絶対決意は鈍っていく。そう判断した僕は勢いのまま飛び出し、家から離れたところで鎧を展開する。決意と勢いを胸に前のめりで駆ける僕は、オウルの遺言のような言葉にまったく気がつかなかった。


「マジで行きやがった……次の定時連絡で俺、あいつに殺されるかもな…………」

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