「本の結末」

浅間遊歩

「本の結末」

 田中は本好きで、週末になると古本屋巡りを楽しんでいた。その日も、行きつけの小さな古本屋を訪れていた。店内を見回すと、一冊の古びた文庫本が目に留まる。

 タイトルは『無限の旅』。

 著者名も出版社も書かれておらず、表紙はただ無地の黒。


「自費出版本か……?」


 不思議に思いながらも、田中は妙に惹かれるものを感じてその本を購入した。売値が書いてない本はみんな100円という大雑把な店で、その代わりカバーが取れてたり落書きがあったりする本も売られていたが、掘り出し物があるので田中はよく利用していた。

 家に帰り、さっそくページをめくってみる。

 冒頭にはこう書かれていた。


「この本を手にしたあなたへ。この物語は、あなたの選択によって形を変える。最後まで読んでほしい。ただし、決して途中でやめてはいけない。」


 田中は苦笑する。


「ああ、よくある仕掛けの本か。」


 導入部で読者に直接語り掛け、まるでインタラクティブな作用があるかのごとく演出し、不思議な物語に誘うやつだ。

 そう判断したが、本好きとしては、それはそれで楽しい。読み進めるうちに、彼はその内容に引き込まれていった。


 物語は、どこにでもいそうな主人公が、ある日突然奇妙な手紙を受け取るところから始まる。手紙には、自分の人生の分岐点が記されており、その選択によって未来が変わるという内容だ。


 不思議なのは、その選択肢が田中自身の人生にぴったりと当てはまることだった。


 ページをめくるごとに、物語は田中の過去や現在の出来事を詳細に描写し始めた。仕事で悩んでいること、恋愛での失敗、昔諦めた夢……。すべてが彼の記憶と一致している。


「これは、どういうことだ?」


 とまどいを覚えつつも、田中はページをめくり続けた。物語は、未来の選択肢へと進んでいく。



 *** もしこのままの生活を続けるなら、あなたの人生は平凡に終わるだろう。しかし選択次第で、大きな成功と苦難が待っている。 ***



 選択肢の内容は、まるで実際の決断を迫るように現実味を帯びていた。

 田中は戸惑いながらも、真剣に選択を続け、ページをめくった。

 気がつけば、夢中になって本の終わりに近づいている。しかし、その瞬間、彼はあることにハッとした。


「待てよ。結末が……書かれていない?」


 欠落しているわけではなさそうだ。最後のページには、一文だけが記されていた。


「物語の結末は、あなた自身が書き記してください。」


 同時に、目の前に真っ白なページとインク付きのガラスペンが現れた。まるでその場で田中自身が手を動かして書き始めなければならないかのように。

 田中はペンを手に取り、迷いながら書き始めた。


「これからの人生を大切に生き、後悔しない道を選ぶ。」


 すると、その瞬間、本全体が光り出し、田中の手からするりと抜け落ちた。

 ――そして、本は音もなく消えてしまった。


 それから数日後、田中はまた別の古本屋で、あの『無限の旅』を見かけた。


「……実在したんだ。夢かと思ってた」


 あの後、本はどれだけ探しても見つからなかった。内容はもうおぼろげにしか思い出せないが、とてもワクワクしたのを覚えている。

 実際の結末がどうなってるのか気になり、手をのばしたが、考え直してやめる。

 なんとなく、その本には別の誰かのための選択肢が書かれている気がしたからだ。それに、田中にはもう必要ない。


 田中は、前々から気になっていたものの、どうしても踏み出せなかった道に向かって歩き出した。

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「本の結末」 浅間遊歩 @asama-U4

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