多生の縁 ─二度あることは三度あるが、全てが同じとは限らない─
ヒコサカ マヒト
再会
ある世界に勇者と魔王がいて、敵として互いに殺し合っていた。
ある世界に男と女がいて、夫婦となって互いに愛し合っていた。
………………
…………
……
科学で溢れた世界に地下迷宮が発生し、物理と精神の間に魔法が割り込んできて約100年。世界は地下迷宮と魔法に馴染むことを余儀なくされ、科学と物理に適合させながら別の常識へと舵を切った。
さすがに100年も経てば人類だって慣れる。今ではこの国ですら銃刀法なんて過去の遺物だし刑罰の軽重なんて様変わりした、今では窃盗が死罪になり得るのだから昔が如何に平和だったかが窺える。
さてそんな世界で今、1人の潜行者──地下にある迷宮へ潜って行くことから、この職業に就いている者達を潜行者と呼ぶ──がほぼ装備無しで地下迷宮の中にいた。
落ちたのだ、滑落事故ともいう。これは極稀にあることで、迷宮が地下にある故に歪か罅が出来ると人を始めとする生物が落ちる、というただの不運である。ただ極稀な不運に対し常日頃から装備を着用し続けるという人間も稀であり、今回の不運に晒された潜行者も一般的な感覚の持ち主だった為に潜行予定のない本日は無装備だった。
潜行者は嘆息しながら端末を操作する。救難信号、滑落場所及びそこから推測される地下迷宮の特定、どれ程の深さに落ちたかの推定、というところまで入力したところで化物の唸り声が聞こえてきた。かなり近い、と入力の途中で情報を送信しつつ振り返れば、暗がりの向こうから3つの目が此方を見ている。冷や汗が背筋を伝った。
この地下迷宮が推測通りのものなら新規ではなく、危険度も首都一のものからすれば格段に劣る、しかしそれは生命の危険がないことと同義ではない。新規ではなくとも未踏破の地下迷宮なので未開区域は残っており、下層に潜れば潜る程に化物の狂暴性は増す。
そんな場所で現状は無装備、故に恐らく戦闘は不可能。気づかれているなら、と潜行者は背を向けて逃げようとした、その矢先に────────、
「!?」
底が抜けた地面に飲み込まれて更に下へ落ちた。
……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……*……
どれ程の高さを落ちただろう。全身が痛んで気を失えなかったのは幸か不幸か分からないが、共に落ちた土砂が緩衝材になったらしいことは幸運だった。とにかく端末の無事を確認し、救難信号の情報を更に下に落ちたという内容に更新、及び送信しようとして電波が届かないことに気付く。幸運は生命があったことで尽きたようだ。
何とか生き延びようと周囲を見回せば、視界の確保が出来る程度に明るい場所にいることが知れる。化物の気配は今はない。しん、と静まり返っているこの場所は涼しくて少しばかり湿気っぽく、植物の蔓の這い回る苔生した石壁に囲まれている。痛みに慣れてきたので身体を起こせば、それだけで妙に音が響く気がした。
高くなった視界で更に周囲を見る。広間らしき空間には壇上のようになっている部分があり、その壇上には古く見える大きな樹木が根ざしていた。幹を囲むだけで大人何人が必要になるだろうか。枝葉の伸びる部分はこの階の天井より上にあるのか、見上げても見えなかった。
立ち上がって危険がないかを探りつつ、この空間に唯一あるとも言える樹木に近づく。歩く毎に靴音がやけに耳につき、化物が潜んでいたら早々に気づかれる、とは思ったが何事もなく壇上へ上がり、樹木を観察する。
その樹木の潜行者の目線と同じくらいの高さ、人の頭程の大きさの真紅の石が幹の中から覗いていた。
大きさはともかく宝石か、はたまた倒した化物から稀に産出する鉱物様の物質によく似てはいたが、それは宝石や魔石と呼ばれる産出物等の潜行者達にとって価値があるものではないようだ。にも拘らずそれ等に比べてもこの石は酷くこの潜行者の目を惹く。目を奪われた、と言っても過言ではなく、視線を反らせない。つい手まで伸ばしそうになったその時、真紅の石に人型の幻影を見た。
「──!!」
触れてもいないのに全身に電流のような衝撃が走る。見たこともない人影の筈なのに、相手が誰かを知った潜行者は叫び、そして石も同時に叫び返してきた。
「ハハハ、待ちわびたぞ勇者!! さあ、今こそ決着を着ける時!!」
「ハンス、今まで何処に行っていたの? 私、寂しかったわ!」
「「…………ん?」」
どうやら互いに幻覚を見たがかなり様子の異なった内容だったらしい、叫んだ台詞が微塵も噛み会わない。石も幻覚を見るとは知らなかったがそれはそれとして、潜行者が再びまじまじと石を眺めていると、やはり人影が浮かんでくる。同じく潜行者を覗き込んでいたらしい石の方にも、やはり何者かの人影があったらしい。
「エヴァンジェリン! 君こそ何処へ行っていたんだい? 僕も寂しかったよ!」
「魔王!! 今日が貴様の最後の日だ!! 世界の平和の為、その命、頂戴する!!」
「「……んん??」」
やはり台詞がちぐはぐだった。潜行者は三度、石を凝視する。石も潜行者を窺っている様子だった。そして石を眺めていると憎き勇者と愛しい妻の面影が交互に現れ、現在の潜行者の思考に魔王らしき人物とハンスと呼ばれた男が割り込んでくる。何だこれ、と潜行者が目を回しそうになっていると最近に巷で流行っているらしい漫画やら小説やらのあまり詳しくはない内容が頭を掠めた。
「え、異世界転生?」
「……転生か」
潜行者の言葉に石が納得いった様子で言葉を発した。つまりこの石は、潜行者の過去世である魔王の仇敵である勇者であり、別の過去世で愛妻だったエヴァンジェリンということになる。因みに勇者は男で魔王は女だった。
「──お初に御目にかかる、潜行者よ。我は迷宮の主であり核である」
「えー、と。……潜行者、です」
潜行者は名前を伏せた。こういう存在に名前を明かすと善意であれ悪意であれ、不要な祝福やら呪詛やらをかけられることがあるからだ。そしてこれだけは訊かなければならないことを質問する。
「あの、主であり核、ってことは、もしかして此処、最下層ですか?」
「そうなる」
「あああぁぁ……」
潜行者は絶望に頽れて顔を押さえた、生きてこの地下迷宮から出られる可能性が非常に低くなった為だ。
この潜行者は基本的に中層で活動していた。下層への潜行経験がないわけではないが飽くまで経験があるだけ、いくら何でも最下層からの無装備且つ独力での脱出は不可能と言わざるを得ない。そしてたかが不運な潜行者1人の為に最下層まで来てくれる同業者も救援業者もいる筈がない。余程に親しい仲間でもいればその限りでもなかったかもしれないが、この潜行者にそういった存在はいなかった。基本的に単独行動を好んでいたこの潜行者にとっては固定で組む仲間を作らない方が身軽で精神的にも楽だったのだから仕方ない。
「エヴァンジェリン……、感動の再会だけど、どうやら僕は此処までみたいだ。勇者、貴様の死に顔を拝めないのが残念で仕方がない」
「今までの行いを地獄で悔いろ、魔王! でも、ハンス、貴方が死んだら私、悲しいわ」
潜行者も石も前世と別の前世に随分と引っ張られていた。先程から口調も情緒も滅茶苦茶なことになっている。第三者が聞いたら潜行者が迷宮の主に呪われたものとして即時に引き離され、潜行者は治療院へ送られ、石は危険な存在として破壊されていたことだろう。
「ああ、全くを以て煩わしい! 何だこの感覚は!!」
「複数回の転生となると、こういうこともあり得ますよねぇ」
石は憤っているが、潜行者は半ば自暴自棄になっていた。生きている内の脱出が絶望的なのだからそれも仕方のないことかもしれない。
「……死んで迷宮に吸収されて、いつの日かあなたが朽ちたらその後で、また会う時が来るんでしょうか?」
これだけ再会するなら、また会うことがあるかもしれない。そうなったら今度はどんな形で出会うのだろう、と潜行者は死んだ後のことを考え始める。
「……潜行者」
俯いていた潜行者に石から言葉が降って来る。
「我を取り込んで此処を脱出しろ」
「え……?」
石の提案に潜行者は反射的に顔を上げた。
「我を失えばこの迷宮は弱体化し、我を取り込めばおまえは強化される。脱出も出来よう」
たかが人間が地下迷宮の核を取り込んだという記録はない、そんなことをすればこの潜行者の身体はどうなるか分かったものではないが、生き残るのであれば、確かに主を取り込んだ者がその場所を踏破し得ない理由はない。
「でも、そんなことしたら、あなたは」
地下迷宮は主にして核を失えば恐らく弱体化どころではなく、近い内に崩壊する。化物は生み出されなくなり、壁や地盤は脆くなり崩れ、やがて埋まる。地上にもその影響は出るだろうが、基本的に地下迷宮の上は住宅地にはしないという法律が敷かれているので、被害は軽微で済むだろう。故に潜行者は今、石の心配だけをしていた。
「正直に言うとな、勇者としての前世を思い出した所為で平和な世に化物を生み出す我自身が赦せん」
「あー……」
「それに、だ。おまえに取り込まれたとしても、我が消滅するとは思わん」
「…………」
「こうして再会したのだ、どうせ死ぬまで共にある」
「……そう、かもしれません」
ある世界に勇者と魔王がいて、敵として互いに殺し合っていた。
両者は相打ちとなり、その亡骸は崩れ去る魔王の城に埋まってしまった。
ある世界に男と女がいて、夫婦となって互いに愛し合っていた。
2人は生涯に渡り連れ添い、共に老いて死に、同じ墓の下で眠っていた。
揃って与り知らぬことだが、死んだ後も前世の潜行者と石は同じところにいる。
「わかりました、一緒に此処を出ましょう」
石の案に同意した潜行者は腕を伸ばして真紅の石に触れた。
「ああ、連れていけ。おまえの人生の終わりまで連れ回せ」
言い出した石は潜行者が触れたところから流れるように溶け込んだ。
この世界で再会した1人と1柱も、きっと死ぬまで、死んでも共にあるのだろう。
多生の縁 ─二度あることは三度あるが、全てが同じとは限らない─ ヒコサカ マヒト @domingo-d1212
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