神様は素行不良

トンケル

第1話

「やあ。悩める大学院生。」


「おねえさん。」


「どうやら年度末の修士論文が佳境を迎えているらしいね。」


「はい。これまでの研究の集大成ですから。」


「ほう。ちなみに、その修士論文の締切りはいつまでなのかな?」


「一週間後です、来年の。」


「そうか、一週間後となると論文執筆も否が応でも進めないといけないね。ところで、末尾に不穏な言葉が聞こえたのだが、私の聞き間違いかな?」


「不穏な言葉ですか。」


「ああ。」


「来年の、っていう部分ですか。」


「ああ、そこそこ。」


「おねえさん。」


「うん」


「留年が確定致しました。」


「そうか。」


「はい。」


「そうか。」


「はい。」


「本当にそうなのか。」


「はい。」


「理由をお聞かせ願えるかな。」


「論文を書くにあたって必要不可欠な実験ノートが何者かに盗まれたのです。」


「ほう、それは大変だ。」


「あれには僕の実験データの全てが入っています。ノートがないと論文は書けません。」


「そういや、大学院生君はこのご時世に紙保存というストロングスタイルを貫いていることで有名だったね。」


「はい。脆弱性が全面に出る結果となりました。」


「なくした、ではなく盗まれたのだね。」


「はい、僕は貴重な実験ノートはこの『がっちりきんこ』くんに入れているんです。」


「ああ、過剰な厳重警戒態勢を敷いているんだったね。君は。」


「今日、ついさっき、『がっちりきんこ』くんを開けたら、中身がものの見事になくなっていたのです。」


「結果論だが、より過度な警戒態勢を敷くべきだったね。」


「おそらく泥棒が入ったのだと思われます。」


「君のノートを奪うためにか。」


「はい、しかもこの『がっちりきんこ』くんの名前が書かれたネームプレートを見て下さい。」


「どれどれ。」


「『き』が修正ペンで『ち』になっています。」


「おやおや。」


「悪質です。」


「随分と幼い犯人だね。」


「許せません。」


「大学院生君。」


「はい。」


「少し外に出ようか。」


「面倒くさいので嫌です。」


「生憎、私はそのノートを盗んだ犯人とやらを知らないのだがね。

 こんなときにぴったりの良い場所があるのだよ。」


「結構です。これから今後一年間のライフプランを考えるので。」


「これこれ、まだ諦めるのは早いだろう。まあついてきたまえ。」


「いやです。」


「どうしても嫌かい。」


「はい。」


「ならば強行突破だ。」


その瞬間、僕の視野は瞬く間に光に包まれた。

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