きみからのプロポーズ
陽咲乃
きみからのプロポーズ
「ウサギせんせー、だいすきでしゅ! ケッコンしてくだしゃい。しあわせにしましゅ!」
満開の桜の木の下で僕にプロポーズしてくれたのは、保育園の卒園式を終えたキリン組の田中
いつもはハキハキとおしゃべりしているのに、力が入りすぎてサ行がおかしくなっている。思わず口元が緩みかけたが、瑠奈ちゃんの真っ赤な顔を見てグッとこらえた。
◇
僕の名前は
だが、現実は厳しかった。
子どもたちはちっとも言うことをきかないし、新米だからか、保護者たちの目が妙に冷たい。
その日も、園児がケンカで怪我をするというトラブルがあり、保護者への対応に疲れ切っていた。
「はあ……この仕事、向いてないのかなあ」
「ウサギせんせー、どうしたの?」
うつむいている僕の顔を瑠奈ちゃんがのぞき込んだ。
「だれかにいじめられたの?」
「ううん、違うよ。心配してくれてありがとう」
「えへへ。ルナはウサギせんせーのみかただからね!」
「瑠奈ちゃんは優しいね」
思わず頭を撫でると、瑠奈ちゃんのほっぺたが赤くなったような気がした。
◇
その日から瑠奈ちゃんは、率先して僕のお手伝いをしてくれるようになったんだ。
「ルナ、やくにたってる?」
「もちろん」
「ふふん。もっとあまえていいのよ」
僕たちの会話をきいて、迎えに来たお母さんや他の先生たちがクスクスと笑う。
そんな日々のなかで、いつのまにか保護者の方たちと自然と話せるようになった。どうやら、男性の保育士に対して不信感を持っていた人たちが、瑠奈ちゃんが僕に懐いているのを見て、警戒を解いてくれたらしい。
苦手だった保護者たちと打ち解けたことで、仕事もやりやすくなった。
これもすべて瑠奈ちゃんのおかげだ。
だけど、どうして彼女が僕のためにあんなにがんばってくれたのかなんて、一度も考えたことがなかった。
◇
そして現在、瑠奈ちゃんからプロポーズされたわけなのだが。
うーん、なんと答えるべきか……。
幼くとも彼女は真剣なんだ。傷つけないよう、慎重に言葉を選ばなければならない。
少し離れたところで待っているお母さんに目をやると、僕に向かってグッと親指を立てた。
いや、どういう意味!?
瑠奈ちゃんはキラキラとした目で僕を見つめ、プロポーズの答えを待っている。
心を決めた僕は、しゃがんで瑠奈ちゃんと目線を合わせた。
「……ごめんね。気持ちはとってもうれしいけど、瑠奈ちゃんとは結婚できないんだ」
「なんで? ウサギせんせい、ルナのこときらいなの?」
瑠奈ちゃんの大きな目に涙があふれた。
「ううん、瑠奈ちゃんのことは大好きだよ。だけど、僕と瑠奈ちゃんは年も離れてるし、これからもっと、瑠奈ちゃんにふさわしい素敵な男の子に出会えると思うから」
「……でも、パパとママだって、としがはなれてるけどなかよしだもん」
涙がポロポロとこぼれ落ちた。
罪悪感で胸が痛くなる。
僕はハンカチで彼女の涙を拭きながらきいた。
「パパとママ、いくつ離れてるの?」
「ヒトマワリ」
十二歳差か、結構離れてるな。僕と瑠奈ちゃんは……いや、まじめに考えちゃ駄目だろ!
「そっか。でも、瑠奈ちゃんはまだ小さいから、結婚するのは無理なんだ」
「じゃあ、もっとおっきくなったらいい?」
「うーん、いっぱい大きくなったらね」
「わかった! ショーガッコーをそつぎょうしたらまたくるね!」
すっかり立ち直った瑠奈ちゃんは、元気よくお母さんのもとへ駆けていった。
「……そこはせめて、高校を卒業したらでしょ」
僕は苦笑いが浮かべ、小さな後ろ姿を見送った。
ねえ、瑠奈ちゃん。
きみはわかってるのかな。小学校を卒業するのは六年後だよ?
僕にとってはあっという間だろうけど、きみの六年は途方もなく長い。
きっと一年もしないうちに、僕のことなんか忘れてしまうはずだ。
だけど、ありえないことだとわかっているけど。
もしも、きみがずっと僕のことを忘れず、卒業のたびにプロポーズしてくれたなら、そのときは――。
なんてね。そんな奇跡、起きるはずないってわかってる。
だから、そっとつぶやくくらいは許して欲しい。
「僕も大好きだよ。またね」
きみからのプロポーズ 陽咲乃 @hiro10pi
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