第71話
ユーリップの手を引き、眠り続けるトガを背負ってユル城を後にした。
あれ以来トガがフロイになることはなかったそうだ。それ以外のことも、ユーリップは早口で捲し立て続けた。どれほど自分が頑張ったか、ここまで来るのにどれだけ苦労したか。見覚えのあったユル城に入ったはいいが、それ以上なにも考えつかず途方に暮れ、どれだけ寂しかったか。
すべてを吐き出してようやく落ち着き、俺の横に立っているのがベノンであることに気づき、ユーリップは首を傾げた。
「女じゃ」
今度は俺が、ユーリップがフロイと去ってからの経緯を掻い摘んで説明した。キルシマの死を聞き、ユーリップは小さなため息を落とした。
ジャゴの離脱、様々な人の死。
アネムカ王国四天王の一人竜騎士エンデミュートが魔王であったこと。それ以外にも魔王が次々に復活していること。その魔王の一人にフィとゼンガボルトがついていってしまったこと。自分の身を守ることに精一杯で、とてもその二人のことまで手が回らなかったこと。
ユーリップは腰に手を当て、ベノンの前に立った。
「女じゃな」
ベノンはむっつりした表情で、しつこいなと漏らした。
「カザン、今日も頼む」
「ああ」
ベノンの申し出に俺はあたりを見回した。
「いい場所があるといいけど」
ユーリップはなんじゃなんじゃと繰り返す。ベノンはユーリップの口元に指先を当て、騒ぐ吸血鬼を黙らせた。
「あなたは長くいなくなり過ぎた」
「な。どういう意味じゃ、カザン?」
ベノンはにこりともせず、女と男だ、いろいろあるととても含みのある言葉を吐いた。
「カザン!」
俺は苦笑いしながら、頼まれたことがあるだけだとユーリップに云った。
「なにをじゃ!」
鼻の穴を広げてプリプリ怒っている。俺はユーリップに悪いと思いつつも、詳らかに話す内容ではないと思い適当に言葉尻を濁した。
「それよりユーリップ、フロイはこのままトガの中で眠り続けるということはないのか?」
「ない」
俺はトガを背負い直す。年齢で云えば四、五歳ほど違うはずだが、なんだかとても幼い。小さな弟でも背負っているような気がしてくる。
「……トガが死んだらどうなる?」
「魂は本質、肉体はその舟じゃ。乗る舟が朽ちればまた別の舟に乗り移る」
「ギブンフプケはトガを殺せばと云っていたが、それは無意味ということか」
「次にフロイが依る身体さえ見当がついているなら、またその身体、器を壊せばよい。延々それを続ければ、フロイはその魂を新たな器に馴染ませることができぬ。面倒じゃが、有効ではあるかの」
「マギランプ家が代々フロイの依代となっていた理由は、相性のようなものか?」
「フロイにとってマギランプは相性最悪じゃな。じゃから三百年の間、封印されたままとなっていたのじゃろう」
ギブンフプケにとっては、フロイがトガの中にいたままであるほうが都合がいいということだ。では、他の魔王はどうなのだろう。ゴシャはネロドマイガは、ゼンガボルトとフィを連れていった魔王は。
思わぬ形で最後の切り札が手に入ったような気もするが、はたして俺に使いこなせるだろうか。
俺は考えごとをしながら食事の支度を始めた。
ノノカの市場で手に入れた、スペアリブ、大根、玉葱、椎茸、ニンニクを厚手の鍋で煮る。塩、牡蠣油、醤油で味つけし仕上げにスターアニス、クローブ、花椒、クコの実を入れ香りを出す。
いい香りだとベノンが云えば、急いでユーリップも匂いを嗅ぐ。
「い、いい匂いじゃな」
「吸血鬼に料理がわかるの?」
「なんじゃと!」
俺は思わず言葉を挟む。
「どうしたんだ、ベノン。どうしてユーリップをいじめる?」
ベノンはにやりと笑った。
「あとでそのレシピを紙に書いてくれ」
「それは構わないけど……」
ベノンは器によそった骨肉茶を美味しそうに食べた。やはり作ったものを美味しそうに食べてくれるのはとても嬉しいものだ。俺がにこにこしているのを見てユーリップはなにかを察し、俺の手から器を奪い取り、中の豚肉にかぶりつく。
「ユーリップっ」
すぐさままずいと吐き出す。ベノンが笑った。
「子供みたいだな」
「ベノン、いい加減からかうのはよせ」
「承知した、カザン」
俺はユーリップの口元を拭いながら、どこか満ち足りた気持ちとなった。久しぶりの騒々しさが心地いい。
「それで、この先どうする」
「うん」
魔王同士の戦いは国を滅ぼす。その渦に、小国ではないアネムカを半壊まで追い込んだフロイが加わればどうなるか。
「ギブンフプケ。元のエンデミュートだけど、その魔王が司るのは覚醒だと聞いた。フロイがユーリップに引きずられるように覚醒しかけたけど、おそらくそれ以上の力を持ってると推測できる」
俺は焚き火の横に寝かせたトガを見た。
「幸いなのは、ギブンフプケにフロイを完全覚醒させる意思がないこと。今のところはね」
俺の言葉尻をベノンが繰り返した。
「そう、今のところは。どこを見ても破滅しかないような気がする。人間の力なんて、魔王のそれに比べたら本当に微々たるものだ」
「前置きはいい」
ベノンは俺を見つめた。
「私の覚悟はなっている」
俺はわかったと返事をした。俺とベノンの目線が絡むのを嫌ってか、ふくれっつらのユーリップが間に立った。
「フロイを再封印する。そのための鍵はゼンガボルト」
三百年前のアネムカに於いて、フロイの魂をその当時ただの農奴であったマギランプ家の先祖の中に封印した僧侶がいる。
アネムカという極端に僧侶が少ない国で、由緒ある家はゼンガボルトの家、ネルマンヌのみ。四天王の一人大神官ギュンピョルンですら潰せなかったのも、その来歴から勘案すれば当然のことと云える。
「あの臭い僧侶が?」
ユーリップがゼンガボルトを極端に嫌っていたのも、直感的な忌避と思われた。
「だから俺はゼンガボルトの旅の同行の申し出を受け入れた。いくら改心したとしても、魔に魅入られていたと聞いても、俺はやっぱりあいつは許せない。反省すれば罪が消えるなんてそんな都合のいいことがあってはいけない。やむなく犯した罪でない限り、罪人は赦されるべきじゃないと俺は思う」
俺はひとつ大きく息をした。溜め込んでいたものを吐き出して少しは楽になったかと云われたら、決してそんなことはない。息苦しさは増すばかりだ。
「ユーリップ。金髪で、なんだか小綺麗な格好をした魔王がゼンガボルトたちを連れていったんだが」
「心に踏み込む力を持った魔王ならば、クネヒァイスじゃろうな。人のみならず、生き物であろうと、心のあるものを籠絡すると聞く」
「よし。これからのことを相談したい」
ベノンは無言で先を促した。ユーリップはよくわかってなかったのだろうが、ベノンを真似て澄まして見せた。
「ここから一番近い町ノノカに戻って、トガをどこかに預ける。俺たちが連れ回すより安全なはずだ」
「しかし魔王を抱え込んだ少年を預かってくれる奇特な人物がいるかね?」
「嘘も方便というだろう。仮にノノカまで魔王が来たとしたら、トガ、つまりはフロイの存在関係なく、キューネイやゼメトと同じように滅ぼされる。関係ないんだ、魔王たちには。だから俺たちは、ゼンガボルトを奪還し、いろんな奴らが寄ってたかってこじ開けようとしたトガの中のフロイを完全に封じ込めることに集中すべきだ」
「なあんかヤじゃのう、あの僧侶を探しに行かねばならんとは」
いやならその少年と一緒にいればいい。ベノンはそんなことを云った。途端にユーリップは耳を赤くして、行くわと叫んだ。
「よし、それじゃあノノカに戻ろう!」
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