第68話

 そこに人が介在できる隙間などない。


 ゴシャ、ネロドマイガ、ギブンフプケ、クネヒァイス。この世界に存在する魔王の半分が今、北の山岳国キューネイであいまみえている。それはもはや天災だ。人はひたすら被害に遭わないよう、身をかがめ、頭を隠し、逃げ惑わなくてはならない。ただそれでは、俺は俺の望みを叶えることはできない。俺の生涯は魔王によって花開き、魔王によって萎んでしまう。弄ばれただけの人生、それでいいわけがない。


 武器はない。あっても魔王になど効かない。


「違う」


 俺の武器は剣や弓、魔法や呪術ではない。


 俺は火を熾した。ベノンがなにをやっているんだと不思議がる。


「ゼンガボルトとフィを連れて逃げてくれ」


 フィは相変わらず魔王の戦いに見惚れていた。フィもまた力に魅入られた一人。


 用意したのは鶏肉と白葱。ぶつ切りにして軽く塩をふり、竹串を打つ。醤油に砂糖と味醂で作ったタレを作り、刷毛を使って丁寧に塗り、火で炙る。しばらく待つと肉が焼けタレが焦げ、煙と香ばしい匂いがあたりにただよいはじめた。


「抗えるか、魔王ゴシャ」


 俺の武器は料理だ。


 魔法が得意なギブンフプケと、巨大な体躯を存分に活かした攻撃を繰り出すネロドマイガ。そしてゴシャ。新たな魔王クネヒァイスは三つ巴の戦いをやや離れた位置から不敵な笑みで見つめている。


「カザン! それはなんだッ?」


 タレの焦げる匂いに耐えきれなくなったゴシャが、ネロドマイガの土石流のようなぶん殴りを躱しながら叫ぶ。


「これは焼き鳥だ! ジオポルトの魔王なら聞いたことぐらいあるだろう?」


 なぜか親父もじいちゃんも、ジオポルトという名の東の島国の料理が得意で、自然と俺のレパートリーもジオポルト料理が多い。だから俺は、その島国生まれのキルシマとも仲良くなれた。


「この馬鹿騒ぎを収めたら食べてもいい」


 俺はそう云ったが、魔王にお預けが利くとは思えない。とっとと逃げ出せばいい。人の足元をうろつく蟻は踏み潰されるが落ちだ。


 ゴシャはネロドマイガの腕に絡みつき、力任せに振り解こうとするその力を使い宙に舞った。


 ギブンフプケが刀を抜く。それはキルシマの流星刀だ。


「ふ、ふざけるな」


 俺はやはりあいつが許せない。


「ゴシャ!」


 ゴシャはどうにか体勢を立て直す。轟々とネロドマイガが移動する。まったく動くだけで大災害だ。


 俺は小さなナイフを手に、魔王ギブンフプケの右手に組みついた。


「刀を返せ! これはキルシマのものだ!」


ギブンフプケは嘲笑いながら、俺を弾き飛ばす。


「死人に捧げるにはいささか勿体ない」


「魔王が人間のものに執着するのか?」


 俺のその言葉に、ギブンフプケは鼻から息を吸い込んだ。


「“創造”その一点においてのみ、我らは人に劣る。潔く認めよう、我らは無から有を生み出すことが不得手だ」


 ゴシャが焼き鳥に手を伸ばす。俺はその手を掴まえ、耳打ちした。


「できるか?」


「なめるな」


 ゴシャは鼻を鳴らして、ギブンフプケの腕から流星刀をもぎ取り、その首を刎ねた。


 どうせ死なない。それでも逃げる時間は稼げる。


「ネロドマイガもだ!」


 云われるがままゴシャは空高く飛び上がった。死者の王ネロドマイガは地鳴りのような雄叫びをあげる。


 混乱の間隙を縫うように、フィが首なしのギブンフプケに近寄り、魔王の身体に小さな手を添えた。幼児らしからぬ表情で笑う。


 飛び上がったゴシャをネロドマイガの大きな手が襲った。


「掌底を蹴るんだ、握った指はそこには届かない!」


 ゴシャはネロドマイガの伸ばした手のひらの最も下を蹴り、さらに上空に飛翔した。


「ベノン、一瞬でいいあのデカブツの目を潰せ!」


 ベノンは懐から目眩しの炮烙玉を取り出し、ネロドマイガの顔面目掛け投げつけた。光と音が炸裂し、ネロドマイガの視界が奪われる。落下してきたゴシャがその長大な身体を縦に切り裂いた。


「逃げるぞ!」


 ゼンガボルトがぼうと立っている。先程までギブンフプケの傍にいたフィも同様だ。


「何をしてる?」


 今しかない、今を逃せば死ぬ。ベノンは両手十指間全てに炸裂弾を用意している。


「ゼンガボルト!」


 俺の呼びかけに振り向きもしない。


「フィ!」


 その向こうに佇んでいるのは魔王クネヒァイス。司るのは色欲。


「だめだカザン、様子がおかしい」


「くそ!」


 焼き鳥を頬張るゴシャを置き、俺とベノンは走った。肺が潰れるほど走り続けた。もしクネヒァイスに俺たちを追うつもりがわずかでもあったなら、こんな逃走は通用しなかったろう。


 キューネイの街全体を見下ろす岩山でどうにか一息つき、俺は天を仰いだ。やはり人が立ち向かえる存在ではないことをよくよく思い知った。


 どん、と地面が鳴り、ネロドマイガの海鳴りのような雄叫びが天に吸い込まれていく。


「俺のせいだ」


 ベノンは違うと云った。


「違わない、俺がいなければこんなことには!」


「エンデミュートはカザンがいてもいなくても魔王を目覚めさせた。たしかにカザンには、魔王を引き寄せるなにかがあるのかもしれないが、それはアネムカやキューネイの破壊とはまた別の話だ」


 慰めてくれているのか。いや、なんでも責任を感じて背負い込もうとする、ネガティブ専用自意識過剰の俺を諌めているのだ。


「ベノン、君は女の人なんだね」


「いまその確認は必要か?」


 俺は空々しく笑う。眼下では小さな山岳国が崩壊を迎えている。


「そういう細かいことが気になる。本質には関係ない、栗の実のトゲにばかり気を取られる。だからいつまで経っても実を見ることも、当然食べることもできない。永遠に半人前だ」


「自分を卑下するのは褒められた行いではない。貴殿についていこうと決めた者まで貶める行為だ」


 無表情で真理を話しながらベノンは刀を一振り俺に差し出した。流星刀だ。あの混乱の最中ギブンフプケから掠め取ったようだ。


 俺は笑った。笑いながら涙を流した。それはただの刀で、当然キルシマそのものではないのに、止めどなく涙が溢れ出た。


「形見だから、魔王から取り返そうとしたのだろう?」


 俺は洟をすすった。


「さあ受け取れ。そしてまた旅だ、また魔王が追ってくる」


「刀はベノンが持っていた方がいい。俺が持っていても宝の持ち腐れだ」


 ベノンはわかったと短く云って刀を受け取った。鞘を抜き、刀身を眺めため息を吐く。


「さらに山の上を目指す」


「それはいいが、ここはキューネイ、山にはドラゴンがいることを忘れるな」


「ど」


 魔王に比べたらマシだと、俺は強がってみせた。

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