第67話

 目的を見失うな。俺は歯を食いしばる。


「わかった。行こう」


 魔王ギブンフプケはにっこり笑った。


「良かった。お前は殺したくない」


「ふざけるな!」


 怒りで声が震えていた。情けないことにキルシマの死があってようやく、俺は人としてアネムカ王国四天王竜騎士エンデミュートと対等に話ができるようになった気がしていた。まったくいまさらだ。


「俺はあんたを許さない、絶対にだ!」


 ギブンフプケは両手を広げて見せた。馬鹿にされているようにしか受け取れない。どうせ人間ごときになにもできはしまいと見縊られているのだ。


 こいつといいゴシャといい、どうして俺は魔王に気に入られるのか。


「条件がある」


「ほほう。なんだ?」


「フロイと戦うまで魔王の力は使うな」


「それだよ。できれば、トガ・マギランプの中で不完全な状態のフロイを叩きたかったが、まさかドロヴァデッドに引きずり出されるとは思わなかった。フロイの封印が完全に解けてしまったとしたら、私は絶対に戦わん、勝てるわけがない」


 ギブンフプケは俺を斜めに見た。俺の言葉には従うつもりはないようだ。


 突然、聞き覚えのある笑い声が響いた。


「ほうらな、カザンには魔王が寄る!」


 ゴシャの声だ。ギブンフプケの目の色が変化した。温和なエンデミュートの顔に、縦横に険が走る。


 稲妻に引き裂かれたように、視界いっぱいに閃光が弾け、俺は何もできずに吹っ飛んだ。なにが起こったのか見極める猶予もない。フィもベノンもゼンガボルトもどうやら無事だが、キューネイでもっとも大きく由緒ある城のような宿館は見る間に崩壊していった。


 あちこちで火の手が上がる、悲鳴が響く。


「ゴシャ! 卑しいだけのもの!」


 ギブンフプケは壮大な魔法を繰り出す。魔法使いの名家であるネブラフィカですら、俺は使用しているのを見たことがないほどの規模と迫力。賢者であるフィも驚きを隠せない。


 ギブンフプケが魔法でうつしよに顕現せしめたのは、大木のように大きな氷柱だった。


 ギブンフプケは氷柱の突端をゴシャに向ける。それは巨大な氷の槍だ。たしかに偽りの姿竜騎士エンデミュートは、槍の名手として名を馳せていた。


「氷竜の牙、躱せるか?」


 ゴシャは口を開けて巨大な氷柱を見上げていた。ゴシャに魔法攻撃躱せと叫ぼうとして、俺は踏み止まる。どちらかに肩入れする理由はない。ゴシャとて魔王、今はたまたま同じ方向を向いていることで殺されずにいるが、一度その意思から逸れたなら、俺など瞬く間に踏み潰される。


 逃げるべきか。


 ベノンは俺を見てうなずいた。逃げるべきだ。


 幼い身体のフィは、魔王の魔法に見惚れ、素晴らしいと感に堪えないといった風情でため息のように呟く。


 ゼンガボルトは力に憧れ魔人となろうとした男。魔力に溢れた呪物を次々と飲み込み、人のまま魔物に近づいていった。


 またひとり、魔に魅入られた人間が目の前にいる。どう思う。


 俺は正直フィの生き死になどどうでもよかった。ジャゴの命を吸おうとしたことは事実であり、それ以外にもおそらく多くの命を糧にしていようことが察せられる。この場で落命したとしても。その因果はたっぷりと持っている女だ。


 氷柱がゴシャに襲いかかった。驚くべきことにゴシャは、巨大氷柱を躱そうとするでも身を守るわけでもなく、ただ大きく口を開けた。


 目の前で繰り広げられている光景は、にわかには信じがたい。なんとゴシャは氷柱を飲み込んでしまった。


「悪食めが!」


 ギブンフプケは呆れたように云う。


 目にも止まらぬ速さで間合いを詰め、氷の塊を食ったゴシャはギブンフプケの横面を殴りつけた。その頬がばりばりと凍っている。食らったものの力を得ることができる、それがゴシャの能力だと聞いている。


 逃げねば巻き込まれる。だが俺は、この特異な戦いから目が離せない。


「共倒れが望ましいが、そうはならないだろうな」


 ベノンも口元は緊張しつつも、目は魔王二人の動きを執拗に追い続けていた。


 天蓋が破壊されるのではないか。ギブンフプケの繰り出す魔法を、ゴシャが悉く食らっていく。互いが互いを食もうとしている。研ぎ澄まされた緊張感に俺は身動きができない。


「だ、だめだ、ベノン、巻き添えで死ぬ。そんな間抜けな結末はいらない」


 俺はどうにか振り返った。


「げ」


 視界いっぱいの死体の群れが迫ってきていた。ただの死体ではない、動くしかばねだ。ゼメトの首都リーベンに至る途中で遭遇した魔物だ。


 不快な波動が波打つたび、あたりから気味の悪い声がこだまして、死体の群れにさらにあらたな死体が加わる。


「まさか」


 その中心にいるのは死を司る魔王ネロドマイガ。地面が盛り上がり、小山のような大きなその禍々しい姿を曝け出す。ゴシャとギブンフプケの争いだけでも嵐のようだというのに、これにネロドマイガが加わってしまっては、キューネイの崩壊は必定といえよう。


「カザン!」


 俺の目の前に死体が迫っていた。俺は小さなナイフを構えるが、その動きを止めるには、魔物の頭や心臓を狙っても無駄だ。


 ベノンの刀が死体の両脚を薙ぎ払う。死体は地面に崩れ落ちながらも、まだ俺に向かって腹這いで迫る。とにかく何重にも囲まれた死体の群れを突破しなくては、遠からず俺たちも動く死体の末席に加わることになる。


 フィは緩慢に動く死体の群れをの合間を縫い、逃げ道を探している。探しながら、遠くに新たな存在を見た。


 輝いて見える金色の髪をした、とても美しい男が立っていた。ほぼ正装のような姿で、どろどろと近寄ってくる死体を、軽く手で払うような仕草で薙ぎ払った。


 魔法を使ったようには見えない。


 美しい男はゴシャとギブンフプケ、その向こうのネロドマイガを見て、やれやれといった表情を見せた。


 呆然とするベノンと、眉間に皺を寄せるフィの手にキスをして、俺の肩を叩き鼻先に指を向ける。


「君がカザンだな。ゴシャに乗せられたのか、ギブンフプケに騙されたのか、細かい経緯には興味はないが、もう後戻りはできないよ?」


「あ、あなた、は?」


「僕はクネヒァイス」


 それは魔王の名だ。


「僕たちはね、一部の例外を除き他の魔王を認めない、存在を許容できない。魔王は魔王を殺す、だから僕もここに来た」


 そしてクネヒァイスは再度その手を軽く払う。


 群れていた死体が一掃された。

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