第45話

「待てや勇者ァァァァ!」


 ゼンガボルトの大声が響き渡った。俺はその声に胃が縮む思いがする。


「と、トガ!」


 ダンジョンの壁際で小さくなっていた影に俺は声を投げた。トガは虚ろな目を俺に向け、とても弱々しく微笑んだ。


「いままで何をしてた? どうしてここにいるんだ? 誰かのパーティに入ったのか?」


 訊きたいこと云いたいことは山ほどあったはずなのに、トガの気の弱そうな目や、垂れた眉を見て、それらはすべて引っ込んでしまった。


「……無事でよかった」


 トガは姉の死を知っているのか。俺の口から教えるべきか。余計なお世話だろうか。トガも冒険者であるならば今の状況はわかっているはずだ。


 トガは俺を殺すだろうか。


「トガ」


「カザン、僕……ごめん、」


「どうして謝る?」


「僕が逃げ出したせいでカザンは捕まっただろ? ずっと謝りたかった」


 なんだかとても前の話のような気もする。俺は王立裁判所で有罪判決を受け、そしてキルシマの機転と処分を以って自由の身となった。死刑の寸前だった。刀の試し切りに使われるところだった。たしかにそれはトガに絡んだ事件だ。


「トガ、ここを出よう」


 トガは俺を見、ユーリップを見た。


「さあ、行こう」


 一刻も早くここを出たほうがいい。俺はトガとユーリップを引き連れ、出口に向かって歩いた。ダンジョンに蓋をしたとはどういうことだろう。その疑問はすぐに解決した。青銅の巨人が出入り口に立ちはだかっていたのだ。ダンジョンで勝ち残る、もしくは目の前の巨人を倒す、その二択以外にここから出る術はないということだ。


 ゼンガボルトはもの云わぬ巨人を見つめていた。太古の神々の塑像のような意匠だが、その肉体のすべてが金属製の巨人は、イッゴの思うままに動く。暴れる。


「戻るのだ冒険者よ! 戻って殺し合え!」


 ゼンガボルトはようやく再生されきった目で、今度はイッゴの顔を見た。


「なんだてめえは。誰に向かって命令してやがる」


「誰に向かってだと……?」


 一度は唖然としたイッゴだったが、すぐさま自分を取り戻し乱れていた襟を直した。


「そうか、私を知らないのだな。私の名はイッゴ・オゾオドオゾ。栄えあるアネムカ王国四天王がひとり。さあ冒険者よ、いますぐ引き返し、最後の一人となるまで戦い続けるのだ」


 とは云うものの。ギュンピョルンの図る魔王復活の鍵であるマギランプ家の末子が、なぜか目の前にこの場にいる。それでいいものなのか。ギュンピョルンはいったいなにをしているのかとイッゴは首を傾げた。イッゴ自身は魔王復活などに然程興味はない。王の命令であるから、不本意ながらも大神官ギュンピョルンに従って動いているだけだ。


 トガは怯える。ユーリップとていつもの自信に満ち溢れた彼女とは様子が違っていた。


 ゼンガボルトは腕を組んだ。イッゴは多少苛立ちながら、もう一度同じことを云った。


「冒険者よ、いますぐ引き返し、最後の一人となるまで戦い続けろ」


「いやだね」


 イッゴは鼻白む。


「ならば我が巨人の鉄拳の餌食となるが、それでもかまわないのか」


 ゼンガボルトは歯を剥きだした。


「残念ながら食うのはこっちだ」


 巨人が巨体を軋ませてその拳を振るった。ゼンガボルトは殴り飛ばされ、石の壁に全身を打ちつけた。圧倒的な力。壁に亀裂が走り粉砕される。普通の人間ならば死んでいるだろうが、相手は人から離れたゼンガボルトだ。


「おい」


 イッゴは驚きを隠せない様子だ。


「おい、その巨人は脅威等級で云うとどのくらいだ」


「それを聞いてどうする」


「教えてくれよ、興味があんだよ」


「な、7だが」


「そうか。だったらこいつを倒せたら、俺は7以上の存在ってことになるなあ」


「倒せたらな」


 イッゴは笑うがゼンガボルトは真剣そのものだ。一対一の戦闘で脅威等級7の魔物を相手できるのは、四天王クラスの存在か、伝説の魔法使いか。少なくとも筋肉で膨張した僧侶ではない。


 ゼンガボルトはどこか楽しそうに首を鳴らし服の汚れを払った。


 巨人は大木のような腕を振り回し、悠然と構えているゼンガボルトを鷲掴みにした。そのまま腕を振り上げその身体を床に叩きつけた。


 ゼンガボルトはがらがらとうがいでもしているような声で笑った。


 巨人はゼンガボルトを踏みつけた。何度も何度も踏みつけた。そんなものに見惚れていないで、とっととトガとユーリップを連れ逃げ出すべきだったことに、俺は後になって気づくのだが、この時は目の前の光景にただただ圧倒されていた。


 ゼンガボルトはやはり笑いながら起き上がり、口から血の塊を吐き出す。


「もう終わりか」


 ぼろぼろになったのは着ていた僧服のみで、ゼンガボルト自体に大したダメージはないように見受けられる。


 ゼンガボルトは青銅の巨人に近づき、愚直に殴りかかってくるその腕を掴んだ。そのまま捻る。巨体が傾ぎ、大きな地響きとともに倒れた。


「馬鹿な!」


 ゼンガボルトは倒れた巨人の上に乗り、その腕をもぎ取った。試しに指の一本をへし折って口に入れてみた。


「駄目だなこりゃ、飲んだら腹壊しそうだ。まあいい、こんな魔物は眼中にねえからな」


 ゼンガボルトはもぎ取った腕で巨人の顔を殴りつけた。何度も何度も執拗に。巨人はそれでも最初のうちは抵抗を見せていたが、頭を粉砕され、両足をもぎ取られ、そのうち動かなくなった。


「もう終わりか? おい、おまえ!」


 ゼンガボルトは乱暴な口調でイッゴを呼んだ。


「もう少し食べやすい魔物を用意して出直してこい」


 イッゴは腰を抜かしていた。ゼンガボルトに睨みつけられ、足をばたつかせながらどうにか立ち上がる。


「この程度のモン扱えるだけで四天王かよ。てことは俺は、既に四天王越えか? それは悪かねえな。おいお前、お前は生かしておいてやる。生きて今見たことを語り継げ。いいな? 返事しろよ、返事!」


 ゼンガボルトに怒鳴りつけられ、イッゴは縮み上がった。


「は、はい……」


「もう一度!」


「はいっ」


「よし、行け。おまえのツラあ嫌いだ」


 まるで関節が倍に増えたような動き方で、イッゴはダンジョンから出て行った。そうか今なら出れるのかと今更俺は出口を見るが、そうは簡単にいかない。


 当然ゼンガボルトが立ちはだかる


「カザン、俺は魔王を食って魔王以上の存在になる」


「な、なにを云ってるんだ? 魔王?」


 キルシマが云っていた。この世界には九人の魔王がいる。


「確かによう、こっちのほうで気配を感じたんだ」


 話が噛み合わない。いったいゼンガボルトの目にはなにが見えているのだろう。いや、それはどうでもいいことだ。俺はトガに合図を送り、ユーリップの手を引いた。


「待てよカザン」


「も、もう放っておいてくれ」


「そうはいかねえ。その吸血鬼だけは置いていけ」


「だめだ」


「だったら殺す。おまえも、そこのチビも。それは厭だろう」


「ユーリップは渡さない」


 ユーリップは俺の手を強く握った。まるで体温のない手だが、とても強い思いがそこにはあるように感じられた。


「もうやってるとこ見ろなんて云わねえから。その女だけ置いていけ」


 うなずくわけもない。俺の覚悟は成っている。


「トガ、君だけでも逃げろ。もう蓋はなくなった」


 トガは聞いているのかいないのか返事をしない。


「トガ?」


「え?」


「……君だけでもどうにか逃げてくれ」


「でも、カザンは。この人は」


「ゼンガボルトの狙いはユーリップだ」


 ユーリップを飲むつもりか。ライホをそうしたように。


 ゼンガボルトは大きく口を開けて指差した。


「今の俺じゃあ魔王に手も足も出ないかもしれねえからな。その魔物の女は一発強めの強壮剤ってとこだ」


 ゼンガボルトは魔物を食って強くなる。俺にはわからない魔王と呼ばれる存在を求めている。人をやめたゼンガボルトには、魔王の気配がわかるのかもしれない。


 魔物を凌駕する魔人。


 魔人を統率する魔王。

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