第18話

 情けない話だが、その声にはいまだに身がすくむ。


 俺の目の前には、以前に比べ顔つきも身体つきも変わったゼンガボルトが立っていた。身体を鍛えたのかひとまわり大きくなったように見えるが、それよりもゼンガボルトから漂う妙な匂いに俺は顔を顰めた。


「ライホに何をした!」


 俺はゼンガボルトに掴みかかったが、簡単に捻り上げられてしまった。


「ライホ?」


「お前と一緒にマゼーの洞窟に行った盗賊がいただろう」


「ああ。あいつな。一人で先走ってな、よせって云うのに宝箱に手を出した挙句呪われやがった。だから洞窟に置いて帰った」


 真実は俺にはわからないが、ゼンガボルトの云うことなど信じられはしない。最初から無意味な質問ではあったのだ。しかし俺は訊かずにはいられなかった。


「なんすか、ゼンガボルトさんの知り合いっすか?」


 傷跡と刺青ばかりが目に付く男が俺に寄ってきた。


「知り合いっつうか、餓鬼の頃のな。お、と、も、だ、ち。なあカザン? カザンは優しい奴でな、俺の云うことはなんでも聞いてくれたもんよ」


 やめろ、パーティメンバーの前で俺の過去をほじくり出すような真似はしないでくれ。


 俺の願いなど通じるわけもなくゼンガボルトは愉快そうに言葉を繋げた。


「俺が金に困っていると無償で金を貸してくれる。そればかりじゃねえ、俺が百足が怖いと云えばなんと食べてくれたんだ。どうだ、素晴らしい友情だろ?」


 無償で金を貸したなんて真っ赤な嘘だ。ゼンガボルトの暴力におびえた俺が、父の目を盗んで店の売り上げをくすね手渡していただけだ。百足の件もそう、思い出したくもないが、当時飼っていた犬を殺すと脅され泣く泣く従っただけだ。何度も嘔吐しながらなんとか食べきった俺の腹を蹴り、大笑いしていたゼンガボルトの濁声をいまだに憶えている。


 刺青は不躾な視線を俺に絡ませへらへら笑った。


「こいつ、強いんすか?」


「強いぞ、手合わせしてもらえよ」


 どうしたものかと俺は辟易した。キルシマやジャゴに助けを求めようとは思わない。ユーリップが出てきてはさらに面倒だ。


 キルシマは鋭い目でゼンガボルト団を値踏みしている。冒険者同士の諍いは禁止されている。それはただの喧嘩であり、他人を傷つければ当然罪となる。


 刺青男はバーサーカーであるようだ。狂戦士と称されるやや特殊なジョブで戦士と同等の力を発揮する。得意武器は斧や戦槌など。このジョブのなにが特殊かと云えば、ひとたび頭の中のリミッターが外れるとその力が数倍に跳ね上がる。しかしその代償として周囲がまるで見えなくなり、敵味方の区別なく攻撃してしまうというデメリットもある。


「きめえ。超きめえ。おまえ百足食ったんだ?」


 食べたのは真実だ、俺に返す言葉はない。


 バーサーカーの後ろに立っているのは、名前は知らないまでも見覚えのある顔。


「ああ、あの時の御仁」


 俺が誘い入れなかった忍者。


 そして、ベルエフ。ベルエフはばつが悪そうにしている。俺が気づかなければやり過ごそうとしていたのだろう。


「ベルエフ! ライホに何があったんだ」


 ゼンガボルトはベルエフを見た。ベルエフは頭を掻きながら、短く唸った。


「宝箱、そう、宝箱を開けてな。……止めたんだぜ、危ないってな。その後はもう、どうしようもできなかったんだ、すまないな」


 ゼンガボルトが口を開く。


「なんだカザン、あの盗賊はおまえのオンナか?」


 さすがに我慢ができなかった。子供の頃は恐怖ばかりが先行して怒りなど湧いてこなかったものが、今はゼンガボルトの傍若無人なものいいに頭がどうにかなりそうだ。


 口を開いたのはユーリップだった。


「貴様本当に僧侶か? 小汚い僧侶じゃのう、節制の匂いがまるでせん」


 ゼンガボルトは暫時ユーリップに見惚れたが、その顔色と口元に残った血と牙を見て悟ったようで、いやらしい笑みを浮かべた。


「きゅ、吸血鬼! 呆れたなカザン! お前のパーティはガラクタ箱か? 侍はいいとして、あとは黒人と吸血鬼……」


 ガラクタだと!


 俺はゼンガボルトを殴った。へっぴり腰のへなちょこパンチはゼンガボルトになんのダメージも与えられない。ただ驚きはしたようだ。子供の頃からどんな要求でも飲んでいた奴にはじめて歯向かわれた衝撃は、当然俺には推し量れない。


 バーサーカーが俺を突き飛ばし、背に負っていた長柄の斧ハルバードを構える。俺とバーサーカーの間にキルシマが割って入り腰の刀に手をかけた。忍者が懐に手を差し入れるのを見て、ジャゴが戦槌で地面を突いた。


「謝れゼンガボルト! 俺の仲間を侮辱したことを謝れ!」


 俺は涙目になって喚いた。まるで駄々っ子のようだったろう。


「僧侶の旦那、冒険者同士の諍いはご法度だ。ここはひとつお互い頭を冷やしやしょう」


 キルシマに窘められて、ゼンガボルトは舌打ちをした。


「カザン、憶えておけよ」


 きっちり捨て台詞を残し立ち去る。


 俺は気づかれないよう涙を拭った。


 泣き虫で弱虫。それが本来の俺なのだ。


 ジャゴが手を差し伸べ俺を立たせてくれた。キルシマも刀の柄から手を離し、俺を気遣う。


「ありがとう、もう平気だ」


「平気じゃない」


 ジャゴが云う。


「俺はこの国の生まれではない。この国では俺は学ぶことも許されず、選べるほど仕事もない。いっぱいいっぱいいじめられた。何もしてないのに石を投げられた。でもカザン、あんたは俺を受け入れてくれた。それだけで充分だ。それだけで俺は空も飛べる」


「おうおう、聞いてるこっちが照れるなあ」


 キルシマは苦笑いをしている。俺はまた泣いてしまった。


 俺は服の埃を払い洟を啜った。


「よし、ヨロフトの塔攻略はじめよう!」

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