第12話 最悪な時間 2
霧と瑠璃が教室の隅の机に向かい合う中、ペア活動の締切が徐々に近づいていた。しかし、その空気は和解や協力とは程遠い。机の上には瑠璃がびっしりと書き込んだ資料が積まれ、霧はそれを無造作に眺めている。
「だから、ここに分散型エネルギー供給モデルを採用すれば、地方自治体のエネルギー効率が20%向上するのよ」と瑠璃は滑らかに説明した。彼女の指差す資料には、見慣れない専門用語がずらりと並んでいる。
霧はそれを見ながら、大きなため息をついた。
「鳳条さん、これって高校生が理解できるレベルじゃないよね?俺たちがプレゼンするのは学者相手じゃなくて、学生だよ?」
瑠璃は冷ややかな目で霧を見据えた。
「それはあなたの基準が低すぎるだけよ。説得力のある提案には高度な理論が必要なの。分かりやすいだけの解決策なんて、無価値だわ」
「いやいや、理論は大事だけどさ……俺の提案のほうが現実的だと思うけど」
霧は椅子を少し後ろに倒しながら反論した。
「現実的?」
瑠璃が眉をひそめる。
霧は勢いよく身を乗り出しながら言った。
「例えば、地域のスーパーとか学校で“食品ロス削減ポイント”みたいな仕組みを作るんだよ。期限間近の商品を買ったり、食べ残しを減らすような行動をすると、ポイントが貯まる。それを地元の店で割引に使えるようにすれば、経済も回るし、エコにもなる。一石二鳥じゃないか?」
瑠璃は数秒間、霧の言葉を受け止めた後、ピシャリと切り捨てた。
「そんな子供じみた発想、くだらないわ。社会全体の問題を解決するには規模が小さすぎる」
霧は肩をすくめながら軽く笑った。「まあね。でも俺たち、高校生だぜ?“食品ロス削減ポイント”の方が身近で、みんなが理解しやすいだろ?」
瑠璃は一瞬口を閉じた。その間、どこか考え込むような表情を浮かべていたが、すぐに冷たい態度を取り戻した。
「……確かに、庶民的な視点としては悪くない。でも、スケールが小さいから却下よ」
「また即却下かよ!」
霧は頭を抱えるフリをして、大げさに嘆いた。
その後も意見は平行線をたどるばかりだったが、瑠璃がふと霧の資料に目を落とし、ぽつりと言った。
「……でも、地域住民の参加意識を高めるという視点は使えるかもしれない」
霧はそれを聞き、少し驚いた表情を浮かべた。
「え、何?今、俺の案を認めた?」
瑠璃はそっぽを向きながら冷たく言い返す。
「違うわ。ただ、“部分的に”使えるって言っただけ。勘違いしないで」
瑠璃は、霧の言葉にわずかに考え込むような仕草を見せると、目を細めて資料をめくり始めた。机の上に広がる数枚のプリントと、自分のノートを見比べながら、ペンを走らせていく。その動きは速く、正確で、霧はつい見惚れてしまいそうになる。
「……鳳条さん、何してんの?」
「静かにして」
瑠璃は手を止めず、そっけなく言い放った。
「今、あなたの案を最低限“使える”形にするところだから」
「“最低限”っておい」
霧は抗議の声を上げたが、瑠璃はまるで聞いていないかのようだった。
しばらくして瑠璃がペンを置き、完成した案を霧に見せつけた。
「これよ。これならあなたの“庶民的”な視点も取り入れつつ、私の提案の高度な理論性も活かせるわ」
「地域参加型エコシステムによる食品ロス削減とエネルギー効率化」
霧はそのタイトルを声に出して読み上げた。
「……なんか、タイトルだけでもう難しそうなんだけど?」
瑠璃は冷静な目で霧を見つめ、簡潔に説明し始めた。
「あなたの“食品ロス削減ポイント”のアイデアを核にしつつ、私の分散型エネルギー供給モデルを組み合わせたの。このポイントシステムを、地域ごとに独立したエネルギー管理モデルと連携させることで、食品ロス削減行動が直接エネルギー効率にも貢献する仕組みを提案するのよ」
「例えばどういうこと?」
霧は身を乗り出して聞いた。
瑠璃は即座に答える。
「地域住民が食品ロス削減ポイントを貯めると、それが地域の電力負担を軽減するプールに加算されるの。そして、蓄電施設や再生可能エネルギーのインフラに還元される。つまり、行動一つで地域全体の経済と環境が良くなる仕組みよ」
「……それ、めちゃくちゃ壮大じゃない?」
「壮大でなければ意味がないでしょ」と瑠璃は涼しい顔で答えた。
「まあ、あなたの“地域住民の参加意識”という視点は認めざるを得ないわ。結局、大きなシステムも、一人ひとりの行動から成り立つものだから」
霧はその一言に少し驚きながらも、わざと茶化すように言った。
「三条さんが俺を認めるなんて、これは歴史に残る瞬間だな。ノートに書き留めとく?」
「別に認めたわけじゃない。ただ、あなたの意見が役に立った“部分”があっただけ。とにかく、これで課題は完成に近づいたわ。もう時間を無駄にしないで、残りの作業もきっちり終わらせるわよ」
「了解。鳳条リーダーには逆らえませんから」と霧はおどけながら敬礼のポーズを取る。
そして二人は黙々と作業に取り掛かり始めた。教室にはペンの音と、時折どちらかが短く指示を出す声だけが響いていたが、先ほどまでのピリピリした雰囲気は、どこか穏やかなものに変わっていた。
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