The sweetest winter

そうかい、ロマンス会

第1話 少年は何故

ちょっと昔話をするのです。


昔話と言ってもここ、アウレウス王国での17年ほど前の話…


そう、17年前のある冬のほんの数か月の…


とある老犬と少年のお話なのです――


☆☆☆


ここはアウレウス王国国境近くの寂れたある村。


自分…老犬は記憶が曖昧だけどいつからかこの村で酷い飼い主に飼われていて。


重い荷車を引くのが仕事だけど、散々こき使われて餌は僅か。


もらえない日も珍しくない。


それでも一生懸命働き続けた。


それなのに、さらに老犬になって…痩せこけた老犬だもの、重い荷車は引けなくなってしまった。


すると飼い主は老犬を遠い山の中に捨てた。


それでも老犬は1度飼い主のもとに戻って来た。


飼い主は怒って木刀で老犬を打ち据えて。


今度は連日の雨で増水して深くなっていた川に放り投げた。


川の流れは速く老犬は冷たい水にのまれ流されて――



気が付くと老犬はどこかの家の中に居た。


家、と言っても掘っ立て小屋だ。


ひゅーひゅーとすきま風が吹くたびに寒さが身にしみる。


実は一つ奇跡がある。


老犬は大人の人間と同程度に人間の言葉が分かる。


他の犬はどうか知らないが、老犬は口の構造上話せないだけで言葉を解している。


だから…


(…死んでない…)


人間の言葉で考えるのだ。


「…何だ、死んじまうかと思ったけど、しぶとい犬だな」


突然背後から声がして老犬はビクリと体を震わせる。


ゴトッ


と、目の前に皿が置かれた。


中には…ミルクが入っている。


ミルクを置いた人物を見ると子供…少年だ。


「…何だよ、飲まねえのかよ」


つっけんどんな声の調子に老犬は元の飼い主を思い出し体が震える。


「そんなガリガリで、飲まなきゃ死んじまうぞ――フン、バカな犬だな、サッサと死んじまえ」


少年はそう言うと掘っ立て小屋を出て行った。


老犬は震えながら昔、元の飼い主が誰かと話していた内容を思い出す。


『川向こうの夫婦、ガキを置いて出掛けたきりもう1ヶ月も帰って来ねえらしいな』

『ガキを捨ててトンズラしたんだろ』

『何かやらかして昔の悪仲間に追われてたらしいからな』

『で、ガキはもう死んだか?』

『それがよ、まだ8、9なのに農家や漁師やらの手伝いやって生き延びてるってよ』

『あの掘っ立て小屋で一人でか…ま、そのうち死ぬだろう』

『この村の冬は厳しいからな…しょうがねえよ』


そんな話を聞いたのは2年ぐらい前だから…


少年は生き延びて今10才ぐらいか…


10才にしては大きい少年だ。


きっと農家や漁師たちに重宝されているのだろう…


『飲まなきゃ死んじまうぞ』


少年の言葉が蘇る。


飲まなきゃ…死ねる?


老犬はボロボロの体以上に心が潰れていて。


だからミルクを飲まないと決めた。


ゴトッ


目の前に皿が置かれる音で目が覚める。


中には…やっぱりミルクだ。


(まだ…死ねてない)


ぼんやり思いながら老犬はフと気付く。


ミルクが新しいものに換えられている。


しかも今度は少し温められている様だ。


黙って見下ろしている少年は何を考えているのだろう。


ボサボサ頭に所々破れた服。


掘っ立て小屋の中には薄い寝具が1枚しかなく、


日々生きるのが精いっぱいの貧しい暮らしだとわかる。


一皿のミルクは少年にとっては大きな出費のはずだ。


それなのになぜ?


「‥ッ!…やっぱり温度か…」


少年の声を聞きながら、老犬は自分がミルクを飲んでいる事に気付く。


何かが老犬を動かしたのだ。


それは少年への疑問だったかもしれないし、


温められたミルクが放つ柔らかな甘い匂いだったかもしれない。


いずれにしろ飲み始めたらもう止める事は出来ず皿がピカピカになるまで飲んでしまった。


(死にたかったのに)


何で飲んでしまったんだろう?


そう思いながら瞼が重くなる。


完全に瞼が閉じて眠ってしまう前に老犬の目には少年の嬉しそうな顔が一瞬映る。


――幻?


それ以上何も考えられず眠ってしまい。


次に目覚めてミルクを飲む時にはもうその事は忘れてしまっていた。


だから老犬は思った。


(子供なのに…この少年は何でいつも仏頂面なんだろう)


と。

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