第2話:ロボトミー

「レティシア様の症状は、心理的なものかと」

宮廷医師がしわがれた声で診断を下す。


私、悪役令嬢のレティシアは、形而上のキーボードを壊してしまい、下と左のボタンしか使えなくなっていた。

さらに事態は深刻化し、会話実行用の左ボタンの反応も悪くなり、声が出せなくなっていた。


(ヤブ医者め。これは入力装置の問題だ!)


「安静にしていれば、自然と良くなるはずです」

はいはい。どうせNPCの医者だもんね。会話のテキストも使い回しだし。


そういえば、この世界のミニゲーム『貴族のたしなみ』には、まだ私が手を付けていなかった魅力的なコンテンツがあった。

ブラックジャックに競馬……。

ポーカーで大負けした分を、これで取り返せないかな?



「儂に診せたまえ」

突然、白衣のキャラクターが一人増えた。

誰だよ?


「私が招いた、精神外科医のギュンター・シュヴァルツハイム卿だ」

その背後には、次期皇帝アルフレッド・フォン・ヴァイセンベルクが立っていた。

アルフレッドは私の婚約者で、後に私の破滅の引き金を引くことになる男である。


一方、精神外科医の手には、“ある程度の大きさの棒状の器具”が収まりそうなケースが握られていた。


(その辺の分野的にはマジだけど、マジでヤバい奴が来た。ふざけんなよ?)


「帝国最高の医術を持つ方だよ」

アルフレッドが優しく微笑む。その瞳は真剣そのもの。

そういえばこいつは、メインストーリーでも「民のために」とか言って容赦ない判断をしていた。


「…………!……!」


必死で断ろうとするが、左ボタンが反応しない。

下ボタンしか効かないこの状況で、どうやって逃げればいい?


「やはり病状は深刻なようですね」


医者がシリアスな表情でケースを開け、“棒”を取り出しはじめる。


「心配いらない。この治療法は確実で単純だ。必ず正常に戻してあげよう」


(もうキーボードを壊しませんから、助けてください!)


レティシアは『お手洗い』のコマンド上で、必死に形而上の左ボタンを連打した。

前世でキーボードクラッシャーと呼ばれた所以、常人の遥か上を行く垂直圧力が加わる。



「お手洗いに行かせていただきます」


すると、看護師が素早く私のもとへ駆け寄り、立たせてくれた。

固定された状態で下ボタンを押すと、その場で足踏みができる。


「ふむ……。歩行動作は正常と」

「それでは、レティシアは」

「手術の適応外だ」


精神外科医は首を振り、静かにケースを閉じた。

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キーボードクラッシャーから悪役令嬢転生〜ポーカーテーブルから脱出~キーボードが壊れててもゲームプレイしたい! 室伏ま@さあき @murohushi

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