朱雪

第1話


 人と人の繋がりはこうもあっさりとしているものだろうか?

 俺は新社会人になって初めての同窓会に参加した。

 集まったのはたったの七人。これは記録的に少ないと言っても良いのではないだろうか?

「ほとんどが県外へ行ったもんな〜」

 誰かが口にしたその一言で、この場の空気が一気に白けた。

 ここに集まっている全員、実家の事業を継いだり家庭の事情で県外へ行けなかった奴等ばかりだ。

 俺は前者。実家が農家で一人っ子の俺が家を継ぐしかなかった。

「ここもどんどん過疎化が進んでるからな」

「この国はこれからどうなるのかね」

 こうなっては止まらない。各々が自分の注文したアルコールを飲みながら愚痴を肴に同窓会は陰鬱とした雰囲気に包まれていく。

「こんな時、アイツが居たらなぁ」

 俺が思わず呟いてしまった内容に、全員の視線が集中する。

「アイツって誰さ?」

 向かいの席に座る女性が眉を顰めて尋ねる。質問ではなく、尋問に近い口調だった。

「……もちろん、◯◯だよ」

 俺は敢えて空気を読まずに名前を口にした。

 次の瞬間、全員が息を呑み、俺を信じられないものでも見るかのように引き気味に距離を取った。

「お前……俺ら同級生の誓いを忘れたんか!」

「知らんぞ! 俺は知らん!」

「言ったのはお前だからな! こっちは関係ないぞ!」

 狼狽えて口々に俺を軽蔑する言葉は、正直うんざりする。俺だけじゃない。ここに集まった全員が同じことを考えたことだろう。その証拠にアイツの名を口にしただけでこの騒ぎよう。

「お前らこそ忘れてないか? あれは連帯責任で」

「あんたらここは店ん中よ! 静かにしぃ!」

 向かいに座った女性は、俺を含めてこの場の全員を黙らせた。

 それだけの迫力がある声だった。

 女性は今ので喉が渇いたのか、コップの酒を一気に飲み干し、一つ大きなため息を吐いた。

「まあ、あんたの言い分も皆の言い分も解る。だけども、こればっかりは仕方ないよ。勿論◯◯にだってこうなると予想できなかっただろうしさ」

「俺達、いつになったら赦されるんだろうな?」

 また誰かが泣きそうな声音で呟いた。

 女性は天井の蛍光灯を見つめながら、さあてね。と頬杖をついて、ぼやくように言った。

「十年? 二十年? それとも一生? んーん、それは誰にも解らんね。けどあたしらは、ここで負けちゃいけない! どっしり構えてなくちゃダメ!」

 その言葉は今の俺達にとって、弱気になっていた背中を強く叩かれたような気分だった。勇気付けられたんだ。

「さぁて、明日も早いしそろそろお開きにしよ」

 このまま飲んでいると長引きそうだと判断した女性は早々にキリの良いのところで同窓会を終了させた。


 帰り際、俺はその女性に呼び止められて誘われるまま母校へと足を運んだ。

「変わんないねぇ。ホント変わらない」

「そうかな。俺は壁のヒビとか遊具の錆とか気になるけど」

 校舎を鉄棒にもたれながら眺める俺は女性の意図が読めない。

「あんたは……まあいいさ。気になるならあんたが直しておいてよ」

「えぇ〜、こっちは農業でくたくただってのに」

「男でしょ、情けない。それはそうと。さっきは良くない発言だったよ。あたしが制止をかけても無視すんだからね」

 やっぱりあの発言か。予想はしていた。

 酔った勢いで言ってしまったと今なら反省できる。

「ごめん。迷惑かけた」

「分かれば良いのよ。けど、二度はないからね。次はもう自分で何とかするしかない」

「次なんてないから安心してくれよ」

「よくぞ言った! ……さあて、もう帰ろう。本当に明日寝坊するから」

 連れて来た割には早々に帰らせる女性の意図は最後まで分からなかった。

 おそらく、俺への説教の為だったのだろう。


 翌日、女性は失踪した。

 村の皆総出で捜索にあたったが、手がかり一つ見つけることはできなかった。

 最後に女性と会った俺が疑われたが、運良く早く帰ったことで、住んでいたアパートの大家さんが起きていた為、証言してもらえた。

「おい……これってまさか……あの時の」

 誰かが怯えた口調で言った瞬間、村は一気に騒然となった。

 もう誰も止める人間は居ない。村は混乱状態になり、誰もがしばらくの間は家に引きこもってしまった。

 俺だけは変わらずに農作業を続けていた。

 食べ物は大切だ。生きて行く為には、食べ物を作る人が必要なのだから。

 ――変わんないねぇ。ホント変わらない。

「あれは本当に校舎の話だったのだろうか」

 ふと、あの時女性が口走った内容を思い出した。

 ――二度はないからね。次はもう自分で何とかするしかない。

「何とか……自分で」

「あのぅ、この村の人、ですよね?」

 声をかけられたので思考を一度止めて、そちらへ振り返る。

「はい、そうですけ、ど……え?」

「良かった。僕、今日からこちらへ引っ越して来たんですけど、誰も居ないから焦っちゃって」

 他人の空似だろうか。そいつは、かつての同級生の一人であり、昨夜俺が話題に出した奴にそっくりだった。

「あの、貴方の、名前は?」

「はい。僕は◯◯と言います。今朝方、鳥取から越して来ました」

「えーと、はぃ、ようこそ。狐月村(こげつむら)へ。……おかえり◯◯」

 女性が失踪したその日に、昔居なくなった同級生が記憶喪失になって帰ってきた。

 これは人と人の繋がりが生んだ奇跡なのだろうか。だとしたら俺達とあの女性の繋がりは途絶えてしまったのだろうか。

 現にあの女性は未だに見つかってはいない。

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朱雪 @sawaki_yuka

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