第3話(2)
土曜日が終われば日曜日が来る。日曜日が終われば、月曜日が。
入社して十年になる会社、慣れた業務と使えない後輩、頑固な上司に挟まれながら、日々は淡々と過ぎていく。退屈とも刺激的ともいえない、平和な日常。月曜日の次は火曜日で、火曜日の次は水曜日。週末が近づくと、だんだん憂鬱になる自分がいた。あの荷物は三週間連続で、土曜日の朝、俺のも
とへ届いた。
俺はこんなに臆病な男だっただろうか。
いや、考えてみればこの十年、俺はずっとおびえていた気がする。町で警察官やパトカーを見る度に、ひやひやしながら前を通ったことは片手では足りない。何も悪いことなどしてないはずなのに。
そう、あの雨の夜以外は。
「あなたはひき逃げを見過ごしましたね」
と、いつの日か警官に肩を掴まれるのではないか。そんなことはありえないと知りながらも、あの青い制服を見る度に、俺はそんな恥ずかしい妄想をするのだった。
俺たちは間違いなく罪を犯した。
飲酒運転で人を殺したのは岬だが、俺たちは岬が酒を飲んでいることを知っていたし、死体を隠蔽することにも協力した。
たしかに警察の手は俺たちには及んでいない。何度新聞やニュースを確認しても、あの夜の事故のことはどこにものっていなかった。もしかしたらもう時効になっているかもしれない。
だからといって、大手を振っていられるわけじゃない。
罪悪感はいつまで経っても消えることはなかった。
その不安が、俺を度々怖がらせては、汗がじっとりと背中をはうような、不愉快な妄想を抱かせるのだ。
たとえば夜、一人でテレビを見ている時に、チャイムが鳴ったとしよう。俺は一瞬ひやりとする。もし訪問者が宅配業者ではなかったらどうしようかと思う。
ドアの向こうに立つ彼らは、青の制服を着ており、腰に銃や警棒を吊り下げている。
そして言うのだ。
「江藤優弥さんですね? あなたに逮捕状が出ています」
そんな妄想をしたことは数えきれないほどある。
嫌な夢も見た。たくさん見た。
事故の夜の夢、血まみれの女の夢。あるいは女の家族や友人を名乗る人間の夢。たとえば女の葬式の席に参列者として参加する夢だ。静かな式場で、殺された女の母親が、女の子どもと思われる少女を抱きしめ、般若のような顔つきで俺を罵っている。この人でなしめ、よくも娘を見殺しにしたな。俺は震えながら膝をつき、頭を地面にこすりつけて、冷や汗を垂らしながら謝っている。繰り返し繰り返し、同じ言葉をつぶやいている。
ごめんなさい、申し訳ございません、許してください、仕方がなかったんです。
地獄へ堕ちろ、そう母親が叫ぶと、いつの間にか彼女は鬼のような怪物に変化している。俺は暗闇の中を怪物に追いかけまわされる。
どうしてだか毎回、逃げ切ることはできなかった。俺は怪物に捕まれ、殺される。そういう夢を何度も見た。
あの夜から一カ月経ち、三ケ月経ち、大学を卒業し、就職し、十年が経ち、夢を見る回数は徐々に減れども、見なくなることはなかった。
それはさておき、土曜日はいつもと同じようにやってくる。
俺は起きていた。起きて、チャイムが鳴るのを待っていた。もしチャイムが鳴ったら、荷物を運んできた人間の顔を見てやろうと思ったのだ。そして言うのだ。
嫌がらせはやめろ、お前はいったい何がしたいんだ? 俺がいったいあんたに何をしたっていうんだ。
俺は真面目に働いて、税金を納め、社会人としての義務を果たしている。彼女も大切にしているつもりだし、お盆と正月には実家へ顔を出し、甥っ子たちにお年玉をやるのも忘れていない。
だからもうこんなくだらないことで悩ませるのはやめてくれ。
そう言ってやろうと、俺は玄関ドアの前で、床に座ってあぐらを組み、宅配業者がやってくるのをじっと待っていた
いくら待ってもチャイムは鳴らなかった。
なんだってんだ、ちくしょう!
九時を過ぎた頃、俺は立ち上がってリビングへ戻った。チャイムはおろか、通路を誰かが歩く気配すらもなかった。荷物はなかった、届かなかったのだ。長いため息をつきながらリビングへ入った瞬間、俺の目はテーブルへくぎ付けになった。
そこには青い包装紙に包まれた、大きな箱が置かれていた。
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