日が昇り人々が生活を始める頃、赤髪の少年はひどい寝汗をかいて飛び起きた。寝具も整えずに部屋を出る。叩きつけるように閉めた自室の戸の代わりに、神経質なまでに慎重に隣の部屋の戸を開ける。

 そこは夜の底だった。枕元に牧師と母親が立ち、医者はちょうど出ていくところだった。寝台には、二人分の赤い髪がランプの橙色の光を受けて輝く。青白い少女の顔のすぐ横に、小さな白い手を握って俯く少年が床に座り込んでいる。

 寝台に向かって一歩踏み出すと、少女の体は空気に溶けて消えてなくなった。室内に母親の嗚咽がこだまする。少女の手を握っていた少年が自分の方を振り返る。少年は瞬きもせずこちらをじっと見つめた。

 ゆっくりと瞬きを繰り返すとそんな幻影も消え去り、赤髪の少年は朝の世界に戻された。あと三歩進めば、いとも簡単に先ほど見た光景で少女が寝ていた寝台に辿り着く。

 この部屋の寝台は自分が寝起きしているものより余程光り輝いて見えた。少年はその上に寝転がった。それ以上何をするでもなく呆けていると、部屋の戸が開かれる。

 現れたのは母親だった。ただしその白のブラウスはすっかり見慣れなくなったものだった。少年は母親のあたたかみのある茶髪には喪服の黒よりずっと似合っていると思った。

 朝の挨拶を交わした後、母親は寝台に近付き少年の頬を撫でた。

「またあの夢を見たのね。」

「そう、黒い街の夢。三十一回目だ。だいぶコツがわかってきたのに、今日も失敗した。あのとき迷わずプティングに飛び降りていればもっと時間を短縮できた。でも、この反省は次に生かせる。」

「昨日は庭園のバラを燃やせばよかった、って言っていたわね。お母さんはお花が好きだから、プティングに飛び込む方が素敵だと思うわ。でもこんなに毎日毎日疲れてしまうでしょう。きっと今夜からはゆっくり眠れるから、そのためにもまた牧師さまのところに行っておいで。あなたの話を聞くのが楽しみだって仰っていたのよ。」

 「わかった。いってくる。」

 「それと、あの子のための天使像をつくって頂く方にお願いをしてきたから、教会で会ったらあなたからもあの子の話をしてあげて。あの子の良いところいっぱい知っているでしょう。」

 「どうだろう。でもそれならあいつの靴を持っていこう。この靴にぴったりな足を生やした天使様にしてくださいって言うんだ。それにしても天使像か、あいつも七歳前に死んで良いことが一つだけあったらしい。」

 「天使様が欲しいならお父様に頼んで木彫りの人形でも送ってもらいましょうか。」

 「それはいらないよ。これからつくってもらったあいつの天使像を独り占めしたって、もう文句を言うやつはいないんだ。」

 少年は起き上がると、寝台の下から埃をかぶった赤い箱を取り出した。埃を払ってよれたリボンを綺麗に結びなおすと、箱を両手で抱えて身支度のために自室に戻っていった。

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黒夜街の赤い靴 @sagai_san

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