第三章 4 本部の、山本さん

「あら?」「え?」

 目ざとい子が、見つけた。

 もはやレッスンも終わりという時、駆け込む様に入口からガタイの良い詰襟学生服の男子が入ってきた。


 別に男子禁制という訳ではないが数人の幼児を除けば、ほぼ女の園というこの場に、もはや大人の男子が入ってきて、少なからず場に緊張が走る。

 学生服を着ているから、まだ学生だと分かるが、175はある身長とガッチリした体格。そして顔もけっこう老けていて眉毛も太い。ルックス的にはそこそこ整っているのに、太い眉・太い鼻・太い唇、はっきり言って濃い!。動物で例えるなら、熊かゴリラ。

 顔の、ぱっと見のイメージ的には鈴木亮平か阿部一二三の様な。

バレエより、柔道の方がはるかに似合いそうな人。


「遅れました。申し訳ありません」

 男子は近付いてきて、ビシッと背筋が伸びた姿勢で右手を胸にあて片足半歩下げて、頭を下げた。

 少し略式の男子のカーテシー。

 ああ、やっぱりバレエやっている人の動作だ。

 バレエの、というより執事が『おかえりなさいませ、お嬢様』をしている様だ。

 多分、この人がボクのパートナーでもある山本さんなんだろうな。


 既にレッスンそのものは終わり、これからのスケジュールとかを説明していた時だから、ある意味タイミング的には良かった。

「あっらぁ、やまモッチー、今頃来たのぉ?」

 花江さんが気軽に声をかける。

「スマン。どーしても抜けられない用事だった」


「え、知り合いなんですか?」

「まぁね。モッチーとネギと私はぁ、この教室で幼稚園の時から一緒だったのよぉ」

「えー!?」

 それは初耳だ。こっちとしては本部教室側の人だから、勝手に近寄りがたいイメージ持っていたのに、こんなに気さくっぽい人だったんだ。。


「先生も、久しくしております!」

「うんうん」

 あ、先生もその頃からなんだ……。


「ちょうどいいわね。皆に紹介するからこっちに来て」

 先生が山本さんを手招きし、近付いて来て先生の横に立った。


「皆さん。今回、こっちのヘルプで王子様&くるみ割り人形役の、山本君です」

「山本です。よろしくお願いします」

 今度はしっかり本式の、右手は胸に、左手は斜め下に伸ばし、右足もぐっと引いて、深くお辞儀をした。


「「「「「「よろしく、お願いしまーす」」」」」」

 こっちも全員揃って、本式のカーテシーで挨拶を返した。

「おお!」と山本さんも、その雰囲気に圧倒された。

 バレエずっとやっているから慣れているかなと思ったけど、基本的に女性は苦手なのかもしれない。


「実はこの教室には小学1年生迄いたのですが、本格的に習いたくて本部教室の方に移動しました」

 どちらかと言うと、他にいた男子も小学生に上がると同時に辞めてしまって、居づらい雰囲気になり、男子クラスがある本部へ移動したと聞いている。


「本番まで練習はあと3回しかないから、アユミちゃんには申し訳ないけど、山本さんの王子様役での練習は本部側でしてもらって、こっちではくるみ割り人形役メインでお願いね」

「あ、はい。そう聞いています」

 そう言うと、山本さんはクララ役であるボクの方を凝視する。

 その濃い顔で見つめられると、ちょっとドキっとする。

 ・・・・・・あれ、何か誰かに似ている様な気がする。誰だっけ?


「じゃ、来週は遅れないでね」

 先生は、山本さんの背中をパンパンと叩く。

「それじゃ、今日はこれまで」

「「「「「「ありがとうございましたー!」」」」」」

 全員揃ってのカーテシーに、山本さん、再度ひるむ。


「じゃ、アユミちゃん。練習見てあげる」

「すみません。トウシューズに履き替えてきます」

 そう言いながら更衣室に走る。


 帰ってくると、花江さんが山本さんと話をしている。

「ゴメンねぇ。一緒に見てあげたかったけど、ちょっとモッチーと打合せをしないといけないのよぉ」

 そう言われ、また山本さんは花江さんにパンパンと背中を叩かれる。

 その横にキーちゃんもいて


「キーも打合せするのだ。王様としての務めなのだ。もちもっちーがドーナツ奢ってくれるのだ!」

 はぁ、キーちゃんもそっち組か。

 時間が惜しいから、ボクは早々に、先生とマンツーマンでのレッスンを始めて貰う。

 レッスンの横目で見ていると、着替え終わった花江さんとキーちゃんが、教室を出て行くのが見えた。


 いつもニコやかな花江さんが、ちょっと真剣な顔になっている。

発表会近いからなぁ。頑張って、仕上げないと。



――― 第3章 5 に、続く ―――

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