第五章 2 ねずみと兵隊の戦い

 ボク・クララは上手かみて・客席から見て右側の端に、隠れ座り込んで、ようやく一息ついた。

 くるみ割り人形と兵隊たちに守ってもらって、安心という場面。

 何とかやれたかな?

 悲壮な感じ出たかな?

 もはや舞台の主役は、くるみ割り人形・山本さんとネズミの王様・キーちゃんにスイッチしていた。

 

 ビシッと整列した兵隊達は、基本小学5年生以上で構成されている。

 このメンバーは、統制が取れた行進や戦いの群舞が必要とされる為だ。

 兵隊8人が、基本2×4列になって、揃って行進、揃って突撃!

 花江さんが動きのかなめになって整列している。


 それに対しネズミ達は、基本4年生以下で、幼稚園の子も含む。多少はバラバラになってしまうだろうから、完全な振り付けは諦め、むしろ元気の良さを重視した。おおよその流れで移動やアクションが出来るなら、あえて統制的行動は不要と考えた。


 ただし流石に台本の流れを無視されてしまうと困る為、ネズミは基本2人ペア。幼稚園の子には3年・4年のお姉ちゃん方が、1対1でくっついてサポートするし、1年・2年の子同士でも相互協力。


 途中、こっち!とか、こういう風にとか、本番中なのに身振り手振りでの指導が入っていたりするが、意外と群れらしくなっている効果があったり、観客席からもそんな子達への温かい目が伝わってくる。

 

 ネズミなのに猫のステップ(パドシャ)を多用し、一応は隊列組まれているが、微妙にバラバラなネズミ達一団の動き。

 でもだからこそ、それに対する兵隊たちのビシッとした一挙一動・一糸乱れずの行進・アクションがより強調されて見える。

 その二つの隊列が交差するその前で、くるみ割り人形とネズミの王様の一騎打ちが披露される。


 身長175オーバーで逆三角形の体格のくるみ割り人形・山本さんのオーバー気味のアクションは、まさにロボコップの様な堂々とした迫力。


 それに対してキーちゃんの王様は、135にも満たない小柄な体格を生かして、ちょこまかと走り回っては刀を振り回して、決して負けていない。元気いっぱいだ。


 実際の舞台でよく見る、でっぷり太って貫禄ある王様に立ち向かうヒョロッと華奢なくるみ割り人形の構図とは全然違うが、結果的には別の面白い構図になっている。


 観客によっては、山の様にでかいくるみ割り人形に、必死で飛んで跳ねて刀で打ちかかる王様の方を、また同様に隊列組んだ兵隊より、時々つまづいたり遅れたりする幼稚園児を含むネズミ達の方を、応援してしまう人達もいるようだ。


 観客の、特にお母さん方・お姉さん方は、声や音には出さないが、口パクで『頑張れ!』とか、音の出ない拍手を送ってくれている。

 舞台の上からは、本当に良く見える。そんなお客さんたちの温かい目が、細かい動作が。


 めまぐるしいアクションが、観客たちの目を奪っている。

 負けていないよ。前半のパーティでの華麗な演技とかに比べても。

 

 くるみ割り人形が全身の力を込めて打ち降ろすサーベルを、ひょいとよけた王様は、その隙をついて蛮刀で打ちかかったが、それを事も有ろうにサーベル持っていないもう片方の素手で横から払いのけ、怯むがピケターンで回転して距離を取る王様。 

 何度も練習した殺陣が観客たちを熱狂させている。


 再度向き合った後に刀を交差させ、一旦は行き違ってまた華麗なターンで振り返り、互いに向かって走って、刀を振り上げての開脚ジャンプ(グランパドシャ)で交差する。


 キーちゃんは、この時の為に何度も練習した、足をつかず脚を鞭のように振りまわして連続の回転(フェッテ)を、気迫で5回も回った。しかも今回は1回転ごとに観客の方を向いてギッと睨む、という動作を追加した。


 そして山本さんも駆け出し、シソンヌからフィッテでターンし、ドンとアテール。その上で歌舞伎風の見栄みえを切った。

 昨夜の打ち合わせで、追加改良したポイントだ。


『やっぱ昨日よりアクションが派手だぁ』

 演じている山本さん、キーちゃんも、観客の熱気をしっかり感じているからの相乗効果だろう。


 一応、心配そうに状況を覗き込んでいるクララ。

 そろそろ戦いも終盤に差し掛かっている。


 元気の良いネズミ達に押されて、いつの間にか兵隊たちはいない。

 たった一人で奮闘するくるみ割り人形も、多勢に無勢だ。

 何か、本当にポカポカ叩かれている。


 ネズミ達の群れに覆われて完全に、くるみ割り人形の姿も見えなくなる。

 そのタイミングで、いつの間にか後ろに立っていたドロッセルマイヤー氏が『こんな事もあろうかと』のポーズと共に、手に持ったスリッパをクララに渡す。


 出番だ!


 こっそりこっそり、クララは後ろから忍び寄って、手に持っていたスリッパを投げた。

 これも昨日からの改良。当たるタイミングが音楽のタイミングに合う様に、放物線は描かず直接ダイレクトにスリッパを投げる。ベチっと結構大きな音がした。


 その瞬間にネズミ達は全員一斉にぴょんと飛び上がった。

 観客に、ちょっと笑いが。


 場面は暗転。


 『とんでもない事しちゃったー』っと後ろ(客席からは正面)を向いて、両手で顔を覆うクララのみにピンスポットが当てられている。

 ちょっと熱い……。


 音楽が変わり舞台も明るくなり、おそるおそる振り返る。

 舞台の中央には、くるみ割り人形が一人、伏して倒れている。


 恐る恐るステップを踏んで、近づいては様子を伺う。

 あれ? 何か違和感。その軍服姿、何かちょっと小さくなったような。

 しばらくして意識を回復させたのか、帽子も仮面も外して王子様になった彼が、ゆっくりと立ち上がろうと身体を起こす。


『えっ!!』


 顔を上げた。

 その姿は、ずっとこれまで練習で相手してきたゴツイ山本さんではなかった。


 まさか!?

 ゆっくりと上げたその顔は、


 違う、明らかに違う。


 そう。

 その姿は、夢にまで見ていた先輩の、

 ネギお姉ちゃん、その人だった。



  ――― 第5章 3 に、続く ―――

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