最終章 - 永遠の群青


 夏の終わりの放課後、図書館に群青色の風が吹き始める。

 窓辺では優子が『海と存在について』の最後のページを開いていた。机に伏した河野が、ゆっくりと目を覚ます。美咲は最後の落書きを写し取り、みどりは本棚の間から歩み出る。山口は司書室の窓から、その全てを静かに見守っている。

 夕陽が図書館の空気を染めていく。それは確かな色でありながら、誰も掴むことのできない儚さを持っていた。まるで、この場所で過ごした時間そのもののように。


 優子が本を閉じる音が、小さく響く。

 河野は教科書に挟まれた美咲の手紙を見つける。みどりは『海と存在について』の背表紙に、もう一度だけ触れる。山口は最後の巡回を始める。

 それぞれの物語が、少しずつ交わり始める。

 美咲の記録したノートには、河野が残した机の傷が写し取られている。優子が読んでいた本には、みどりの涙の跡が染みている。山口が持つ古い写真には、まだ見ぬ誰かの青春が写っている。すべては繋がっている。この図書館という小さな宇宙の中で。


「ねぇ」

誰かが呟く。その声は、図書館の空気に溶けていく。

「私たちはここで、何を探していたんだろう」

答える者はいない。でも、それぞれの胸の中に、確かな応答が響いている。

永遠を。儚さを。存在の証を。

温もりを。安らぎを。そして。


群青色の風が、図書館を包み込む。

優子は本を返却カウンターに置く。その本は、また誰かの手に渡っていくだろう。河野は美咲の手紙を大切にバッグにしまう。みどりは涙の跡を拭いながら、微かに笑む。山口は静かに鍵を回す。

夏の終わりの放課後。

図書館は深い青に染まり、

すべての存在が永遠の一瞬となる。

明日から夏休み。

でも、この場所は変わらずにここにある。

私たちの物語を、静かに受け止めながら。

誰かが窓を閉める。

誰かが lights out を告げる。

誰かが最後の一歩を踏み出す。

それぞれの存在は、この場所の記憶となって。

永遠に、この群青の海の中で。

美しく、儚く、確かに、

在り続けていく。


また新しい夏が来る。

また誰かが、この図書館で物語を紡ぐ。

そして私たちの群青は、

いつまでも、この空気の中に─

存在という名の永遠となって、

溶けていく。

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群青ノ詩(そらのうた) 背景作家 中村 玲 with 群像作家 @ray_amamiya11

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