5 行商人はかく語りき

「たとえば、これはなんていう花だ?」

羽根草フェーデルンクラウト。花弁が鳥の羽毛みたいに見えることからそう呼ばれているんだ。ちなみに茎から出た汁を擦り込むと患部の火照りを冷ます効果がある」

「なるほど……そうだな、見た目の印象から『繊細』とか、鳥が空を飛ぶイメージから『自由』とか? あるいは薬効から『冷静』とかな」

「おお、それっぽいね」

「こっちの黄色い釣鐘型のは?」

金鐘花ゴルデングロッケ。名前は見た目の通りだね。他にこれといった特徴もないが、花言葉をつけられるかい?」

「そうだな……なんだか縁起の良さそうな見た目だから、結婚式とかに贈るイメージで『門出』とか『貴方に永遠の愛を誓います』とかどうだ」

「なるほどね。ジン……君、意外とロマンチストだね」

「にやにやすんな張っ倒すぞ」


 シュテフィが楽しげに笑う。正直照れくさかったが、それだけでジンは満たされた気持ちになった。

 二人で花言葉をつけながら草原を歩いて回る。

 ある地点に差し掛かったときだ。


「足下の花に気をつけて」


 シュテフィの注意が飛んだ。

 ジンが足下を見ると、他の草花に隠れるようにして真っ白な細かい花が咲いていた。花束によく使われるカスミソウに少し似ている。

 

「綺麗な花だが、毒でもあるのか?」

「うん。死綿毛草トートフラウムといって、非常に強い毒性がある。まあ触るだけなら大丈夫なんだが、花でも葉でも欠片を口にしただけで最悪死に至る。適切に加工すれば良い薬になるんだけれどね」

「……そうか」

「この花にも花言葉をつけられるかい?」

「ちょっと、すぐには思いつかないな」


 本当は別のことに気をとられていて頭が回らなかった。

 最初に出会ったときから、シュテフィからは独特の甘い香りがする。それはジンの世界でいうところのスイセンの香りに酷似している。

 以前、夏至祭の終わりにシュテフィがドミニクに言っていたことだが、魔力を持つ者には生まれつき一般とは違う身体的特徴があるらしい。おそらくはシュテフィの体臭もその類なのだろう。

 死綿毛草トートフラウムと同じでスイセンの茎や球根にも強い毒性がある。元の世界ではよくニラや玉葱と間違えられて食中毒を引き起こし、最悪の場合は死亡事件になっている。

 花畑を一周したところでジンはシュテフィに尋ねた。


「ところで、この花たちをどうやってアクセサリーに加工する?」

「ふむ。結晶化クリスタリザツィオーン


 シュテフィが近くの花に手をかざすと、限界まで冷えた水が一気に固まるときのようなパキパキという音が空気中から聞こえた。

 一見何の変化もないが、ジンが触ってみると花弁は完全に硬化していた。表面をごく薄いガラスのような結晶が覆っている。


「結晶の厚さは自在に調節できるよ」

「へぇ、便利だな。これならイーヴォから材料を手に入れればネックレスや指輪に加工できると思う。いくつか使えそうな素材を貰っていこう」

「ああ」


 シュテフィはかがんで目の前の結晶化した花に言葉をかけた。


「ごめんね、少しだけ使わせてくれ」


 その仕草もひょっとするとハルトの影響だろうか。


「だからオレ言ったろ〜⁉ 油断してるととられるって!」

「ばっ……! 声がでかい……!」


 玄関先でジンは慌ててイーヴォの口を塞いだ。

 シュテフィは昨夜遅くまで仕事をしていたのでまだ眠っているが、あまり大声を出すと起きてしまうかもしれない。

 ギーナへの贈り物を思いついた後、イーヴォが籍を置いている商会に伝書鳥を飛ばし、探し物のリストを送っておいた。数日後、月一の定期便と共に届けてもらったのだ。

 ジンがイーヴォに手渡された布袋の中には古い装飾品のパーツが入っていた。

 多くは不要になった指輪やネックレスなどから回収したもので、本来は煮詰めて溶かし再び新しく貴金属を精製するのに使う。だがジンたちが作ろうとしている物なら、溶かさずとも少し加工するだけでいい。

 イーヴォはシュテフィによって精製された、中に花が入った透明の宝石のような結晶をつまみ上げた。


「結晶化ねぇ。大量精製して街に持っていけば良い商売になりそうだ。儲ける気ないか?」

「俺たちはそういうのはやらないんだよ。乱獲したら生態系が崩れる」

「相変わらず欲がねぇなあ」


 意外とあっさりとイーヴォはジンに結晶を返した。


「それにしてもライバルの前で堂々と宣戦布告たぁ、気合入ってんな。その幼馴染」

「別にライバルってわけじゃ……イーヴォはウィルのことを知ってるのか? 子供の頃はよくここに来たようなことを言ってたけど」

「それって戦争が始まる前だから、少なくとも六年以上前だろ? オレがこの家に通い始めたのはせいぜい四年前くらいだからなあ」


 イーヴォは記憶をたどるように指折り数えた。


「でも、だからハルトマンさんのことは知ってるよ」


 元々イーヴォは戦時中、減ってしまった取引先を新規開拓する最中にこの家にたどり着いたらしい。それからハルトのために薬の材料を調達して届けるようになったそうだ。

 そうして通い始めて二年ほど経ったある日、急にハルトの生活にシュテフィが加わった。


「ここへ来たばかりのシュテフィちゃんとは、半年くらい何も話さなかったな」

「そうなのか? 意外だな。てっきり古い付き合いなんだと思ってた」

「いや、実は挨拶以上の話をするようになったのって、ハルトマンさんが亡くなってシュテフィちゃんと直接やり取りするようになってからだから、せいぜい半年前くらいだ。それも基本的に業務連絡ばっかりだな。いろいろ話したのは、実はこの間の夏至祭が初めてだ。特にこの家に来たばかりのシュテフィちゃんは、なんていうか……そういう感じじゃなかったから」

「そういう感じじゃなかったって?」

「ほら、オレの方は今と変わらない感じだけどさ。彼女の方に誰かと関わる余裕がないっていうのかな。いつも暗い目をしてて何かに怯えてるみたいで、正直見てて可哀想だったよ。例えるなら前の飼い主に酷い目に遭わされた犬みてーな感じだった。これ絶対にシュテフィちゃんには言うなよ! 怒られるから」


 イーヴォの話はジンにとって衝撃だった。

 シュテフィといえばいつも飄々としていて余裕を漂わせているイメージだ。彼女のイメージとかけ離れていて、そんな姿は想像しようとしてもできない。


「家の中でも自分の部屋に閉じこもってることが多かった。それをハルトマンさんが声かけて飯食わせたり、外に連れだしたりしてる感じだったな」

「そうなのか」


 ジンは黙って考え込んだ。

 おそらくは戦地帰りで憔悴しきっていたシュテフィが、あそこまで元気になったのはハルトのおかげなのだろうか。

 ふいにイーヴォにぽんと肩を叩かれる。


「心配すんなよ。シュテフィちゃんとハルトマンさんはお互いに信頼し合ってる感じはあったけど、どう見てもただの伯父と姪にしか見えなかったぜ。お前が疑ってるような怪しい関係じゃねーって」

「別に、俺は……」


 そのとき、キッチンで火にかけていたケトルが鳴き出した。どうやらお湯が沸いたらしい。いつの間にか昼時だ。

 そろそろシュテフィも起きてくる頃だろうか。


「オレ、そろそろ行くわ」

「あ、うん。気をつけてな。いろいろと用意してくれて助かったよ」


 御者台に座り手綱を握ったイーヴォは、出発の直前、見送りに出たジンに言った。


「お前さ、もっと自分に自信持てよ」

「え」


 イーヴォはにっと歯を見せて笑った。


「オレはシュテフィちゃんがこの家に来たときから彼女を見てるけど、今が一番元気そうだからさ」

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