【全編改稿中】魔女の庭師

門間紅雨

第一章 社畜と魔女

1 夢

 その声の主は、花の香りがした。


「月桂樹の根を一摘み、マンドレイクの涙を三滴、春の上弦の月夜の空気と火炎蜥蜴とかげの尻尾の煎じ薬、だったか――――――はて火炎蝙蝠こうもりだったかな」


 木製の机に陶器を置く音、大判の本のページを捲る音、カチャカチャとぶつかり合い騒々しく鳴るガラス瓶の響き。

 それらの背景に木々のざわめきが聞こえる。葉音に小鳥の声が混じる。空気はわずかに流れていて、時折そよ風がそっと頬を撫でていった。


 まるで深い森の中にいるような心地だった。


 かろうじて重い瞼を持ち上げると、ぼやけた視界で影が動くのが見えた。やがて影はこちらに気がついたように動きを止め、足音が近づいてくる。

 視界が暗くなり、花の香がぐっと強まる。


「おや、お目覚めかな? でもまだ調合が終わっていないんだ。それに、今目覚められると少々都合が悪くてね。悪いが君、もう少し寝ていてくれたまえ」


 足音は再び遠ざかっていった。


 次に戻って来たとき、微かにアルコールの香りを纏っていた。

 花の香がまた強まり、今度はそこに女性の匂いが溶けていることに気がついた。

 吐息が顔にかかり、冷たい指が頬に触れる。


 もう一度目を開けようとした瞬間、首筋に痺れるような痛みが走った。


「少々乱暴だが、まあ治療の一環ということで許してくれたまえ。今の君に最も必要なものが休息なのには違いないからね」


 耳障りのよい声が遠ざかり、次第に意識が薄れてゆく。

 完全に途切れる瞬間、その花の香の正体に気がついた。


 スイセンだ。

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