杖を買いに行こう

 休養日がやってきた。

 ルクレツィアの生徒は、外出時の制服着用が義務づけられている。

 ただし、休養日だけは別だ。

 フリルの付いたブラウスと、黒を基調にしたスカート。編み上げブーツ。

 王都のメインストリートを歩くのだから、あえて気取らない街娘風のファッションをチョイスした。

 ケイに頼んで髪を編み込んでもらったのは、まあ、あれだ。貴族の嗜みというやつ。

 別に、「お友達とお出掛け」なんてイベントに浮かれているわけではない。

 断じて違う。

 というか別にクルーエルは友達じゃないし。

 偽装友人だし。

 宿敵だし。


 †

 

 フランが待ち合わせ場所で前髪を直していると、やがてクルーエルがやってきた。


「……お待たせ」


 白を基調としたワンピース。肩に紐を通したハンドバッグに、意外とゴツめの革靴。

 素朴な装いだけど、(腹立たしいことに)元が良いからなんでも映える。さながら、野に一輪咲いた花のようだ。

 まじまじ見ていると、クルーエルの目が左右に泳いだ。


「……な、なに? 私の格好、どこか変かしら」


「別にぃ。いいんじゃないの」


 かなり似合ってると思うけど、素直に認めたくない。


「フランも……その、いいと思うわ。フリルがたくさんで、子供みたい。あなたは小柄だから、そういう服が似合うのね」


「はー? わたしが小ちゃくて子供っぽいって言いたいわけ?」


「ち、違うわ。そうじゃなくて、その。か、かわ……かわわ……」


「ま、いいけどね。わたしの背が低いのは事実だし。言っておくけど、この服は背丈に合わせたんじゃなくて、ただの趣味だから」


 フリル多めのブラウスも、柄違いの生地を重ねたスカートも、フランが好きで着ているだけだ。

 例え背が高くても、きっと同じ服を着ただろう。


「王都はブティックがたくさんあっていいわよね。オートクチュールの有名店も多いし。このスカート、『ノワールブラン』の新作なのよ。いいでしょ」


「……おーと、くちゅーる……?」


 首を傾げるクルーエルに、スカートの裾を摘んで見せる。


「ほら見て、ここの生地の柄。今、王都で流行ってるやつ。知ってるでしょ?」


「知らないわ」

 

「……あ、そう……」


「…………。」


 会話が終わってしまった。気まずい。


「……じゃ、行くわよ」


「そ、そうね……」


 歩き出したフランに半歩遅れて、クルーエルが着いてくる。

 ……やってしまった。

 よく考えたら、クルーエルは実家で幽閉に近い扱いを受けていたのだ。ファッションや王都の流行に詳しいわけがない。

 もっとこう、普遍的な話題を振るべきだった。例えばお昼どうする、あそこの屋台美味しそうね、とか。

 折良く、香ばしい匂いがフランの鼻先を掠めた。

 路地の一角を適当に指差して言う。


「ね、ねえクルーエル。あそこの屋台どう? なんだか美味しそうじゃない?」


「え? ……ええ、まあ、そうね」


「食べてみる?」


「私は別にいいけれど、あなたは平気なの?」


「なにが?」


「確か、蜘蛛は苦手だったと思うけれど」


「へっ」


 改めて屋台の軒先を眺めて、フランは固まった。

 長い串に刺された、幼児の握り拳くらいの蜘蛛が四つ。

 それが炭火に炙られて、じゅうじゅうと焼けている。


「ひゅっ」


「白峰蜘蛛の素焼きなんて珍味、王都で売っているのね」


「うそうそうそ、あれ食べるの⁉︎ だって蜘蛛よ⁉︎」


「ピリッとしていて美味しいわよ。身体も温まるし」


「し、信じらんない。絶対無理。無理無理無理」


 ぶんぶん首を振るフランに、クルーエルは不満げに腰へ手を当てた。


「失礼ね。ハイドライン領ではメジャーな子供のおやつよ」


「嘘でしょ。泣くでしょ、子供。だって目が八つもあるのよ」


「文句ばかり言わずに、食べてみればいいのに」


「無理!」


 ファッションも駄目、食事の趣味も合わない。

 もう駄目だ。どういう切り口で、こいつと仲良くなればいいのか全然わからない。

 ていうかなんでわたしばっかりこんな気を使ってるんだ。

 そもそも偽装なんだから、別に仲良くする必要とかなくない? なんで一緒に杖買いに来てるんだっけ。

 もういいや。さっさと杖を新調して帰ろう。


 無言のままメインストリートを突き進み、魔杖の専門店に入る。


「……すごい」


 思わず、と言った様子でクルーエルが吐息を漏らした。

 確かに、壮観な眺めだ。棚だけでなく、壁一面を埋め尽くすほどの魔杖が展示されている。


「さすが、王都の専門店って感じ……」


 さすがに気分の高揚を隠せない。

 これまでフランは、御用聞きの商人が伯爵家に持ち込む何本かの候補から自分の杖を選んでいた。

 けして悪い品ではなかったけれど、この品揃えには比べるべくもない。

 とりあえず、いかにも「おすすめです!」とばかりの場所に置かれた杖を手に取ってみる。


「──わっ」


 軽い。

 なんの素材だろう。一角獣の角。へー。

 こっちは重厚な感じ。素材はエルドラ鉱か。土属性と相性よさそう。あ、その棚は複合素材か。二重属性使いならこっち? でも強度がな。


「──フラン」


 あ。

 やってしまった。連れを放置して、ひたすら杖を物色していた。

 として、あまり褒められた態度ではない。


「え、っと。その、つい夢中になっちゃって」


「この杖、どう思う?」


「え」


「芯材は火属性と相性がいいヴォルカナイト。ベースは風属性向きのエルダーン樹よ。しかも見て。ここ。石突に蛍石が嵌め込んであるわ。知っているでしょうけど、複数属性を安定させるためには欠かせない名脇役ね。木目の仕上げも艶があって、恬淡にして美麗。職人の拘りを感じる造詣だわ。自信を持っておすすめできる逸品よ」


 突然の早口。

 普通なら「急にどうした」と言いたくなるところだが、フランの視線は、その杖に引き寄せられていた。

 受け取って、ごく簡単な魔法を唱える。

 しゅぼ、と穂先から爪先ほどの火が熾る。

 あ、いい。

 手に馴染む感じがすごい。


「どう、かしら」


 どこか緊張した様子で、クルーエルが尋ねる。


「多分、あなたの魔力の質に合うと思うのだけど」


「……ま、まあ、悪くはないかな……」


 いつもの癖で、思わずひねた言い方になってしまう。

 これではクルーエルのことを言えない。


「一応、キープで。一応ね。あくまで候補だけど」


「そうね。折角だし、他のも見たほうがいいわ。この辺とかどうかしら」


「あ、これもいいわね。芯材は竜の鬣? ふうん……高っ! たっか! 嘘でしょ、わたしでも買えないわよこんなの。ケイに怒られる」


「二重属性向けの杖は、貴重な分だけ値段が張るわ。いっそ、火属性用と風属性用で使い分けたら?」


「やだ。いちいち持ち替えるの面倒だし」


「なら両方持てばいいじゃない」


「魔杖二刀流? こんな感じ?」


「ふっ(笑)」


「なに笑ってんのよ。わたしが二刀流ならあんたは三刀流でしょうが。やりなさいよ」


「やらない」


「ずるっ。人にだけやらせるとか!」


「あなたが勝手にやっただけじゃない」


「そんなだから友達いないのよ」


「お生憎さま。わたしは望んで独りでいるの。戦略的孤立よ」


「うーわ、かっわいくない……」


 素直に「さびしい」とか言うなら、たまには話しかけてやってもいいのに。

 偽装でも、友達なんだし。

 そうだ。折角だし、クルーエル用の杖も見てみよう。買うかどうかは別として。

 そう考えて杖を眺めていると、ある一振りが目についた。

 名札の素材欄に「トレントの若木」と記してある。


 ──トレント。


 そういえば、この前の件でひとつ、気になることがあった。

 何故あのトレントは、いきなり目を覚ましたのか。しかも怒り狂って。

 何度考えても、未発動の魔法が原因とは思えないのだ。

 けれど他に、トレントが目を覚ます理由が思いつかない。

 可能性があるとすれば──……。


「ねえ、クルーエル」


「なに?」


「この前のトレントのことなんだけど」


 フランの言葉に、クルーエルがびくっと身構えた。


「まだ根に持っているの? アレはただの緊急措置だと言ったでしょう。……それともあなた、何か変な誤解をして」


「違うわよ! そっちキスじゃなくて、トレントのこと」


「トレント? トレントがどうかしたの」


「あのとき、トレントは確かに眠っていた。なのに、急に目を覚まして攻撃してきた。、と考えるのが自然だと思わない?」


 視線が交錯する。

 フランの意図は、おおむね正確に伝わったらしい。

 顎に手を当てて、クルーエルが呟く。


「……私は気づかなかったわ」


「でも、可能性はある。あの場にはトレントの魔力が充満していたから、紛れて気づかなかったかもしれない」


 フランは慎重に言葉を選びながら、続けた。


「例えば──誰かが、隠れてあのトレントを攻撃した、とか。あんたを襲わせるために」


「……あなたって、性格悪いこと考えるのね」


「か、可能性の話! いるのよ、世の中にはそういうことを考える悪い輩が」


 わたしとか。


「だとしても、仮説の域よ。あまり気にし過ぎても仕方ないでしょう」


「それは、まあ、そうだけど……」


 でも、もし次があったら。

 腹立たしいけどクルーエルは天才だし、別に心配とかしてるわけじゃないけど。


「……不意打ちでも奇襲でも、わたし以外にやられるんじゃないわよ」


「あら、心配してくれるの?」


「違うけどぉ⁉︎」


 ふ、とクルーエルが微笑った。


「わかった。精々気をつけるわ。あなた以外にやられないように」

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