クルーエルの秘密
れる。
フランの口内から、クルーエルの舌が抜けた。
クルーエルが、つつましくローブの袖で口を隠す。
「な、なな、な」
真っ赤になったフランは、全身をわなわな震わせてクルーエルを指差した。
「なァーーーっ!!?!?」
「騒ぎ過ぎ。たかがキスくらいで、大袈裟ね」
「たかが⁉︎ わ、わたし、初めてだったんだけど⁉︎」
「そう、奇遇ね。私もよ」
「めちゃくちゃ舌入れられたんだけど⁉︎」
「粘膜同士を擦り合わせるのが、一番魔力の伝達効率がいいの。魔法使いの常識でしょう」
「そうだけど!」
そうなんだけどさぁ!
ふい、とクルーエルが横を向いた。
白銀の髪から覗く耳が赤い。
「ちゃんと許可は取ったわ。仕方ないでしょうに。他に方法が、思いつかなかったのだもの」
「……それは……わかるけど。でも……」
フランは指先で自らの唇に触れた。
さきほどの感触が蘇りそうになって、ぶんぶんと首を振る。
初めてだったのに、こんな無理やりみたいな形で奪われるなんて。
「フランドール」
「なっ、なに⁉︎」
「そんなに警戒しなくても、もう二度とオドを奪ったりしない。今のは、あくまでも緊急措置だから」
伏せた目がどこか寂しげに見えたのは、木漏れ日の加減だろうか。
クルーエルは、全力で魔法を使う度にオドが枯渇する。
そうなると、触れた人間から無作為にオドを吸収してしまう。
だから、もうオドを奪わないということは──
「それって、もう二度と本気の魔法は使わないってこと?」
「そうよ」
決然と言う。
だけど、ちょっと待て。
「それじゃあ、わたしとの勝負はどうなるのよ」
「あなたの勝ちでいい」
「いいわけあるかぁ! 実質あんたの勝ち逃げでしょそれ!」
「なら、あなたがオドを分けてくれるの?」
「う……」
フランの脳裏に、さきほどの感覚が蘇る。
生命を引き抜かれるような、妖しくておぞましい、魔女の口づけ。
ふ、とクルーエルが諦めたような笑みを浮かべた。
「無理よね。なら私も、本気は出せない。オド不足で死にたくないもの」
「……それは……」
理屈はわかる。
でも、納得はできない。
戦わずに不戦勝なんて結末、貴族のプライドが許さないのだ。
何かないか。
何か、この馬鹿を翻意させるような、何か。
──そんなもの、あるわけなくて。
「……あんたは、それでいいの?」
駄々をこねる子供のように、フランは尋ねた。
「なら、なんでルクレツィアに入学したのよ。すぐに退学になるかもって、わかってたんでしょ」
「そんなの、私はただ、もう一度──」
何かを言いかけ、ためらい、結局そのまま口を閉ざす。
なにそれ。
「言いかけて止めないでよ。気になっちゃうでしょうが」
「知らない」
クルーエルは、ローブの裾を払い立ち上がった。
「これでわかったでしょう。もう私に、近づかないで」
†
その日の夕方。
フランは女王の塔内部、生徒会執務室にいた。
向かいには、執務机に腰掛けたレティシアがいる。
「──確かに」
フランが持参した魔晶石──正確には、石に刻まれた魔法のログ──を確かめて、レティシアが頷いた。
「氷と風の多重魔法。威力、精度ともに真紅級に匹敵するほどの大魔法です。これを学院長に提出すれば、誰もクルーエルさまを退学にできないでしょう」
「はい……」
「素晴らしい成果、なのですが。その割に、浮かない顔をされていますね。何かありましたか?」
「……実は──」
レティシアの問いかけに、迷いながらフランは話し始めた。
…………。
「……なるほど」
ひととおり聞き終えたレティシアが、細い顎に手を添えた。
「先天的なオドの欠乏ですか。かなり珍しい体質ですが、聞いたことはあります」
「本当ですか⁉︎」
「あ、ごめんなさい。そういうことがある、と聞いたことがあるだけです。詳しいことはなにも」
「そうですか……」
しゅん、とフランの肩が落ちる。
ロゼリアが思慮深げに口を開いた。
「接触した他人のオドを奪い取る。事実だとすれば、魔力のコントロールが効かない幼少期は相当な騒ぎになったでしょうね」
「ああ、そうですね。例の違反行為は、その辺りが原因かもしれません」
「それって、以前仰っていたハイドライン伯の『ルール違反』のことですか?」
フランの問いかけに、レティシアとロゼリアが顔を見合わせた。
こほん、とレティシアが咳払いする。
「約束どおり、我々生徒会はフランさまを歓迎します。その上で、ですが……ここだけの話に、してくれますね?」
フランは頷いた。
余計な秘密を口外するつもりはない。
「クルーエルさまは、若獅子戦の半年程前にハイドライン伯から絶縁されているんです。表向きは、養子に出されるという形で」
「え?」
養子。絶縁?
なんだそれ。
あれだけの魔法の才能に恵まれた少女を、どうして。
「ダストエンドは、クルーエルさまの名義上の両親です。実際は、森の中に隔離された館に軟禁されていたと」
「……なんですか、それ……」
なにもかも初耳だった。
痛ましげに目を伏せたレティシアに代わり、ロゼリアが口を開く。
「原因は私たちにも分からなかった。でも、今ので推察できるわ。彼女の母親は、クルーエルの軟禁が始まる直前に衰弱死しているから」
「ちょっと待ってください!」
思わず、口を挟んでいた。
「その言い方だと、まるでクルーエルが自分の母親のオドを吸い取って」
殺した。
そう聞こえた。
ロゼリアが首を左右に振る。
「確信はない。証拠もね。だから、ただの推察よ。もし仮に事実だとしても、当時のクルーエルは九歳前後。不幸な事故でしかない」
「だとしても!」
大きく息を吐き出す。
そうしなければ、王女の御前で、淑女にあるまじき声を上げてしまいそうだった。
「──憶測で、止めてください」
「……ごめんなさい。それは、貴女の言うとおりだわ」
レティシアが再び口を開く。
「我々の調べでは、軟禁の理由までは掴めませんでした。欠乏症の二次被害を防ぐという理由なら、わからなくもありません。ですが──」
悔しげに言う。
「個人的には、好きになれないやり方です」
フランも全く同意見だ。
さておき、今の話が事実であるならば、ハイドランド伯が犯した「ルール違反」は明白だった。
「……若獅子戦や
「そのとおりです。この事実が発覚したのは、大会終了後でした」
それで、遡ってクルーエルの優勝が取り消された、というわけだ。
醜聞、というべきだろう。
病を理由に実子を放逐し、大会のときだけ子として扱う。
明るみにでれば、大なり小なり非難を免れない。
ハイドランド伯が箝口令まで敷いて火消しに努めた理由がよくわかる。
バレないと思っていたのか。それとも、クルーエルが病を押して全力を出すとは思わなかったのか。
多分、後者なのだろう。
だけど、そんなことはどうでもいい。
ただ、クソ食らえだ、と思った。
必要だから。便利だから。都合がいいから。
たまたま、魔法の才能があったから。
そんな親の損得勘定で捨てたり拾ったりされるのは、クソ食らえだ。
伏せた両目いっぱいに憂鬱を湛え、舞台にひとり立っていた横顔を思い出す。
あのとき彼女は、何を考えていたのだろう。
母を喪い、父に道具として扱われていた彼女は。
「レティシア」
やや躊躇いがちに、ロゼリアが口を開いた。
「クルーエルの処遇を決めないと」
「……わかってます」
憂い顔のレティシアに、ロゼリアは続けた。
「ルクレツィアには、数多の貴族の子女が通っている。無差別にオドを奪いかねない彼女を放置すれば、何か事故が起きるかもしれない」
「……はい」
「かと言って、一切魔法を使わせないなら、それこそ学院に通う意味がない。残念だけど、ここは自主退学を勧めるべきよ」
ロゼリアの言葉に、沈痛な面持ちでレティシアが目を伏せた。
言っていることは、フランにも理解できた。
クルーエルが他人を害する可能性は否定できない。
オドは生命力の源だ。たとえクルーエルに害意がなくても、危険はある。
でも。
嫌だ。
勝ち逃げなんて、冗談じゃない。
そんな結末は嫌だ。絶対に絶対に嫌だ。
だから。
「待ってください」
フランは一歩、前に歩み出た。
「ひとつ、提案があります」
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