第2話 vsカバ怪人
02
刹那、三人の視界が歪曲する。調理室の景色が捻じれ狂い、色の境界線を無くすまで空間が捻れ切った瞬間、閃光。白む視界が晴れて、見知らぬ光景が目に入る。おそらく巨大な地下空間。巨大な円柱が無数に並び、等間隔に立っている。
「
遥か前方にカバ怪人の影。白い台座が建築されており、寝台の上に鎖で繋がれた美女たちがやつれている。怪物はレストランに出てくるような料理を与えているが、美女たちは断固として拒否。そして美夜は既に目覚めており、寝台の上で鎖に繋がれた状態で喚いていた。
「やだやだやだやだやだー!! なんでこんなブサイクな奴と結婚しなきゃいけないのよ私はケモナーじゃないのよ愛すべき兎前様という人がいるのよテメェに私の性癖が受け入れられるわけねぇだろふざけんなブッ殺してやるオラこっち来いよぶっ殺してやらぁああゴルァアアア!!」
暴れる美夜。
それを無視する怪物は、静かにアルファたちの方を見やった。
「あーこれ転移した時点で察知されてたな」
「感知系のカードでもあるのかな」
「カード? 今の瞬間移動も、その焼き切れていくカードでやったの? どこの技術なんだろう。分かれば作れるのかな。魔法みたいですごいね!」
気づかれているのなら隠れる必要もない。三人は会話しつつ、百メートル先にある台座の手前を目指す。
「また超合衆国が何かやらかしたんじゃね?」
「宇宙から来たのかも」
「異次元の生命体とか! 並行世界も有りかな?」
「どのみち肉厚で強そうだなー。殴られたら即死じゃねアレ。殺す気で行かないと殺られるなこりゃ。あーあー初めての殺人かー。いや家畜は食い殺してるわけですけど」
「Eランクに落ちるの嫌なら、わたしが殺るけど。でもまずは対話したい」
「そうだね。でもAもEも変わらないから気にしなくていいよ。とにかくチャンスがある奴が殺るってことで」
台座の手前に到着。階段を十段上がった先に怪物が仁王立ちをかましている。
「貴様ら……どうやってここに入ってきた?」
「無視すんなゴラ────キャアアア兎前様ァアアアアア! やだこれ白馬の王子様が助けに来てくれた展開じゃない!? もうやっだー! 私いま最高に幸せな状況かもぉおおお!」
怪物の問いかけに被せるように、美夜が叫ぶ。
対する三人は応えた。
「もうご存知なんだろ? 余計な駆け引きはいいからさ。交渉しようぜ。美夜を返してくれ。で、ほかの女どもも見たところ嫌がってるじゃねぇか。そいつらも解放しろ。で、お前のこと教えてくれ。さもばくば問答無用で首を刎ねる」
「あなたの名前は? わたしは兎前杏沙」
「僕たちのことどう思ってます? 友好的? 敵対的?」
一度に三つの質問を受けた怪物は、礼儀がなってる兎前杏沙だけを見つめて答える。
「ワガハイはカバスポン」
「おいカバがカバって名乗ってるよ……って煽ろうと思ったけど、子供の名前に“人”って漢字は付けるか。すまん偏見だったわ!」
「名前にカバが入ってるってことは、日本の兵器名ってことかな?」
「わたしにはよくわからない言語で喋ってるように聞こえるけど。遅れて日本語に聞こえる。英語で聴こうと思ったら、少しだけ英語で聴こえた」
「あー魔法的な力で翻訳されてるとか? 精神干渉系だから兎前には翻訳の効き目がおかしいのか」
カバスポンの眉がピクリと動く。
「……──精神干渉の無効化。ピンク色の髪と瞳といい……まさか、本当に月よりの兎なのか?」
「然り。我が名は兎前杏沙。月よりの兎にして人の子。いざ推して参る」
兎前杏沙の瞳がピンクから赤に変わっていき、徐々にらんらんと光っていく。
「まてまて兎前! 名乗りを上げたら合戦の合図じゃなーい!」
「それでカバスポンさん! あなた何がしたいんですか!? 僕たちは友達を返してもらいたいんですけど!」
駆け出そうとする兎前杏沙。その両腕をアルファが捕まえている間、字螺が質問する。
ならばとカバスポンは手のひらを上げて、どこからともなく一枚のカードを取り出した。
『!!!』
「スペルカード【賛同の独裁者】────ワガハイは、女を両手に花として抱きたい! ハーレム万歳!!」
カードが焼き切れていく。三人は身構えたが、何も起こらない。
「────これに賛同する者。ワガハイの敵を始末しろ!」
その声を聞いた途端、アルファは突として振り返り、字螺訥ヶ里の鼻っ柱を折る力で殴り抜いた。苦悶の声と共に殴り飛ばされた字螺訥ヶ里は地を転がる。そして転がる勢いが弱まったところで、字螺訥ヶ里はあぐらをかいて起き上がった。痛みを我慢して、やるべきことを遂行する。
「あ……アルファ!? まさか、あいつの言葉に賛同したら、操られるとか……!?」
「その通りだ小僧! ガキのくせに頭の回転が早いな、貴様!」
「な、なら……アルファ! たしかに君には九人の恋人がいるけど、みんな君の女好きには納得した上で付き合ってる! そんな君は、必ず女性に選択権を譲る紳士だ! 例えば夜景の見えるレストランで『鍵は既に取ってあるんだが』と言って手渡し、自分は寝室で待ってるタイプだ! でもあのカバ野郎は違う! 無理やり寝室に連れ込んで女を娶ろうとしてる! あの手合いは君が最も嫌悪するナンパの仕方だろう!? だから細かい点では賛同なんてしないはずだ!」
「……ほう。ますます感服するぞ!
「つまり一度かかったら終わりってこと!? ソンナードウスレバイインダー! じゃあ掛かったままのほうがいいよね? 兎前ちゃん、GO!」
字螺訥ヶ里の許可が出た。すかさず兎前杏沙は駆け出す。段差をものともせず台座まで駆け上がる。
「賛同者よ! 月よりの兎を相手しろ!」
アルファはゆらりと振り返り、兎前杏沙の背中を追いかける。
台座に跳び上がった兎前杏沙は拳を繰り出す。その一撃。躱そうとしたカバスポンの動きに合わせて奮う。唸る拳は回避を許さず、肉厚の腹部に拳打をめりこませた。
「グヌゥ……ッッ!!?」
汗だくで苦悶の声をこぼすカバスポンは、反撃として豪腕を振るう。それだけで周囲に爆風が発生。跳躍して躱した兎前杏沙は怪物の顎を蹴り上げた。
「グッ……!? 賛同者よ、早くしろ!!」
台座に到着したアルファは包丁を持って跳躍する。狙うは空中で旋回する兎前杏沙────ではなく、その先にいるカバスポンの眼球に刃先を突き立てた。
肉を抉り引き裂く刺突音。怪物の右眼から鮮血が飛び散り、カバスポンは何が起きたのか分からず放心。
兎前杏沙は着地すると、なるほどと納得。つまらなさそうに仕留めにかかる。
そしてアルファと字螺訥ヶ里は、同時に吼えた。
「悪いな、カスバポン」
「この中で最も思考瞬発力が高いのは!」
『
カバスポンは悟る。つまりアルファは【賛同の独裁者】の洗脳に掛かったふりをしていた、ということか。
しかし────
────そんなことが、あの一瞬で、考えつけるものなのか?
「あ、ありえん────っ!!」
アルファは怪獣の体を蹴って跳躍旋回、我が身を握り潰そうとするカバスポンの魔手から逃れる。すかさず背後から兎前杏沙が飛びかかり、首の後ろを狙って刃先を突き立てた。肉を抉る音。飛び散る鮮血。
「おい今日の昼飯はカバの肉でバーベキューかぁ!?」
「それもいいけどジュース奢ってよねアルファ! これ鼻折れてるでしょ絶対!」
「ぐっ────【賛同の独裁者】ァアアア! ワガハイに勝てると思ってる者ども! これに賛同する者は月よりの兎の相手をしろ!!」
段差を飛び越えるアルファは転がりながら着地。字螺訥ヶ里は鼻血が気になって嫌な顔をする。その前でしゃがみこんだアルファは、字螺訥ヶ里の鼻をしっかりと掴んで回した。ゴキッという骨の音が鳴る。小さな悲鳴。その代わり、折れて曲がった鼻が元の形に戻った。
「────なに? なぜ精神干渉が効かない!? よもや負けると思っているのか!?」
「いや? だって俺たち、もう戦闘しないし」
「勝ち負けの話じゃないよねー。考え方を変えれば誰が殺すかの話だし。そんなことしなくても、そろそろ兎前ちゃんひとりに任せないと、あとで拗ねちゃうから」
カバスポンの豪拳、台座を断割する。駆け回り跳び回る兎前杏沙のスピードを捉えきれない。カバスポンの全身に切り傷が増えていく。
兎前杏沙はスピードを上げてカバスポンの周囲を縦横無尽に駆け巡り、連鎖斬撃、ついにカバスポンの指一本を切り飛ばすことに成功。その様子を見守る美夜は、声が枯れ果てるまで激励を送る。
「キャアアア兎前様ァアアアア! そうよそこぉおおお! やれぇえええ! ぶっ殺せぇええええ!」
やがてカバスポンの左眼が一閃されて切り裂かれる。両目の視力を失ったカバスポンは両手を挙げて両膝をつき、突として降参を宣言。
「ま、待て!! 分かった! やめてくれ!! こんなところで死ぬわけには行かない!!」
「だったら殺しちゃダメ」
されど兎前杏沙は止まらず、カバスポンの喉元を突き刺した。
アルファたちは目を点にする。余計な殺生を避ける兎前杏沙は、こういうとき、立ち止まって見逃すものと思っていた。
「あー……なるほど。あいつ、ああ見えて怒ってるな」
「え? 兎前ちゃんが? 心が存在しないから精神干渉系が効かないってのが、月よりの兎の特性じゃなかったっけ?」
「感情が希薄なだけで、気持ちが無いわけではない。それに心と感情は別もんだ。で、さっきカバスポン、俺のこと握り潰そうとしたろ? つまり俺を殺そうとしたってことだ」
「それで容赦をやめたの?」
「さぁ? それもあるが、美夜を手荒に扱われて普通にムカついたんじゃねーの。殺しに来るなら殺し返す。弱者が身を守る上では道理だ。それは生物の原則とも言っていい。──たとえ、お前らのような概念生物であってもな」
吐血するカバスポンは、喉を貫かれたため喋ることもできず、全身から光の粒子を立ちのぼらせて消滅していく。すると肉体が透けていき、喉元を突き刺した刃物が落ちるようになる。
ということは、今は霊体のような状態で、もしや喋れるようになったのかもしれない。兎前杏沙は刃物を下ろして問いかけた。
「逝くの?」
「…………元の世界に帰るのだ。しかしストックはまだある。次は出会いたくないものだな。月よりの兎は、このように災害だ。宇宙無敵の戦闘民族。闘えば必ず相手より一段階下の技量で付きまとってくる。そのうえ闘っている限りは生殖活動となるため疲れ知らずときた。長期戦になれば敵うはずもない。徐々に対戦相手は疲れていき、最終的に技量が逆転する。ああ……結局どこへ逃げても、ワガハイは運の悪い男だな……」
「悪いことやめたらいいのに」
「悪いこと? 何を言う。ワガハイの妻となることが、悪いことのはずがないだろう! フハハハハハハハハハ!」
カバスポンは高笑いを上げて消滅する。死に際のセリフにしては軽い。どうやら消滅と死亡は異なるようだ。
ふいに兎前杏沙は、ポケットの中に違和感を抱く。手を突っ込むと長方形のカードらしきものがある。取り出してみると────ウォンテッドカード【花嫁探しのカバスポン】、マジックカード【雷撃】と記されていた。
「なんか二枚ある。ねぇ。これ召喚して闘ってもいい?」
「ダメ。どうせ闘いではなく戦いになるぞ。って言っても聞かないんだろ? なら誰もいないところでな。心配だから俺も保護者として付いてってやるよ。んじゃ、全員集まって転移するぞー」
「あのさ。いま思ったんだけど、カード使って副作用とかないのかな?」
「わたしは何もない」
「俺は使ったら、なんか精神的にめっちゃ疲れた気がした」
「生命力か精神力でも削るのかな? それかやっぱり魔力とか? そういうのゲームの定番だし」
三人は会話しながら花嫁たちの拘束を解く。
「ああん兎前様ぁあああああ! 怖かったぁあああああ! 助けてくれてありがとぉおおおお!」
「よかったよかった」
やがて台座が輝き始めた。カバスポンが消滅した時と、同じ光の粒子が立ち昇る。
「あー。やっぱ台座もカードで作られたってか? 建築カード的な」
「料理も光ってるね。食べてみたかった」
「たぶんみんな落ちるよこれ。台座の高さ五メートルはあるでしょ」
「なら早く降りるわよ! もう訳分かんないわ! あの怪物はなに!? そのカードなに!? なんでまだ子供なのに貞操の危機に合わなくちゃいけないのよやっぱあのカバ私の手でぶっ殺したかった!!」
「いや、俺の周りに集まれ。早く全員で手を繋げ。歩いて帰りたいなら別にいいけど」
アルファは台座から降りようとする女性たちを止めに入り、全員の接触を確認。カード名の転移を唱える。しかし何も起こらない。
「え、なんで!? やべっ。兎前、お前が使え! 学校の校庭をイメージしろ! 芝生だぞ芝生!」
「わかった」
カードを受け取った兎前杏沙は念じる。そしてカード名を唱えた。
捻じれ狂う空間。閃光の直後、そこには見覚えのある景色が広がっていた。学園の校庭である。
「ただいま。──なんでカード使えなかったの?」
「知るか。エネルギー切れとか?」
「とりあえず警察に連絡しとくね」
「帰れたぁあああああああああ!!」
字螺訥ヶ里はスマホを取り出して、簡潔な説明で通報を終える。
各自解散の流れ。そこでアルファが提案した。
「なぁお前ら。今日は学校休んでちょっと話し合うか?」
「カードの件だね。僕はいいと思う」
「わたしもいいよ」
「私も朝礼のあとは兎前様と帰るつもりだったし、予定は空いてるわ」
「んじゃ、そゆことで。ファミレスにでも行くか~。あ、その前に俺と兎前は体についた血を洗い落とさないとな」
花嫁として捕らえられていた九人の女性は、唖然とした表情で四人の子供たちを見つめる。
彼ら四人は、いったい何者なのか。
しかし、それは然したる問題ではない。重要なことは、彼ら四人がデスゲームに巻き込まれたという事実。すべからく英雄とは、宿命的に事件と邂逅するもの。
その例に漏れず。彼らのポケットの中には、新たなカードが出現していた。
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