ヤバい奴らのカードバトル〔人間性がAからEのランクで評価される管理社会で、魔法のカードを使うデスゲームに巻き込まれたけど、そんなもん知ったことかと平常運転で学園生活を送る子供達の日常コメディ〕

東雲ツバキ

序章‐チュートリアル

カードチャプター1‐カバスポン結婚式場への乱入

第1話 幽霊はどうやって壁をすり抜けるか?


          01


 カードから【怪物】が召喚された。そのため女も、自分のカードから【雷撃】を召喚する。

 閃光、雷鳴、爆発。爆風で砂埃が舞い上がり、怪物の影が爆煙の奥に揺らめいている。


 事の始まりは、いつの間にか内ポケットに入っていた、何かのカードゲームらしきカードが数枚と、一通の不審なメール。アドレスは『Live.or.die.everyday生きるか死ぬかの日常.@』と記されており、不思議なことに『@』以降のドメインが存在しない。メールには『午前0時の廃墟郊外に広がる雑木林。人気のない暗がりの奥地に行けば、あなた以外のプレイヤーが1名訪れているかもしれない。あとはどうぞご自由に。魔法バトルをお楽しみください』と記されていた。


 意味が不明だ。女は質の悪いイタズラとして一笑に付した。ゴミ箱に放り投げたカードが自発的に光り輝く。一瞬の【雷撃】が部屋を襲った。それから女は自覚した。これは魔法のカードだ。そして自分は、何かのデスゲームに招待されている。

 さっそく女は完全犯罪を成し遂げた。早朝、ドアを叩く借金取りを【雷撃】で殺害。朝方、廃ビルの屋上から望遠鏡を覗き込み、向かいのビルの窓から標的を発見。人の良さそうな振る舞いをしているが、その裏の顔は女を使い捨てて借金を押し付けるクズ野郎。これを【雷撃】で殺害。昼間、パトカーや救急車のサイレンが街を騒がせる。誰も女を犯人とは思わない。腹を壊しかねない砂糖たっぷりのコーヒーと五本咥えのタバコを嗜んでいると、喫茶店のテレビからニュースが流れる。『最近この街では、さまざまな異常現象が立て続けに起きています。政府は警察・自衛隊と協力し、事態の解決に当たっていますが、目下進展は見られていません』。その報道を視聴して、女は確信した。


 ────ほとんどのプレイヤーは、自分と同じ犯罪者だ。


 魔法のカードをデスゲーム以外のことに使っても、例のアドレスからは一切のお咎めがない。それは日常生活の中で私欲のためにカードを使っても良いというお達しにほかならない。女はほくそ笑む。『異常現象』……つまり魔法のカードには、カードゲームのように、もっと色々な効果のカードがあるはずだ。ならば女が求めるように、ほかのプレイヤーもカードを求めているはず。多くのカードを持つ者が最強だ。武器は多い方が良いに決まっている。窃盗・殺人・銀行強盗。何をするのも魔法のカードがあれば完全犯罪の達成に使える。もはや現世に怖いものなし。


 そのために女は訪れた。深夜の雑木林へ。同じ事を考える敵プレイヤーが現れるであろう、デスゲームの舞台へ躍り出た。


 爆煙が晴れる。怪物には傷一つない。女の【雷撃】カードが焼き切れる。次に【雷撃】カードが生成されて内ポケットに現れるまで数十秒かかる。女は逃げ出した。怪物は追いかけない。敵プレイヤーの男が「追え」と叫ぶ。


「追って殺せ! カードを奪え! おい聞いてんのか愚図が! おい、カバスポン!!」


 カバスポン。怪物の名前だろうか。女は【雷撃】の閃光によって暗闇が晴れた一瞬、怪物の姿を目にしていた。戦闘中のため簡潔に言い表せば、動物のカバのような顔をした人型だ。身長は2メートルを超える。肥え太った巨体。乾燥した皮膚。引き締まった筋肉。腕の太さは、小学校低学年の全身と同じくらい。おそらく怪物は、腕力の一撃で大木をへし折る怪力を振るうことが想像できる。正面対決は即死を意味するだろう。その予想は的中した。


 豪腕一閃。敵プレイヤーの男の首から上が消滅する。ふいに林冠から差し込む月光が陰る。ほんの一瞬だが、飛ばされた頭部が宙を舞って月明かりを遮ったのだ。そんなことより、女は混乱して足を止める。


 【怪物】が召喚者を殺した。これは何を意味するのか。


「ようやく、この時が来た」


 女は息を詰まらせて絶句する。怪物が人語を口にした。カバの鳴き声のような太く低い声が、夜の空気に重く響き渡る。カバスポンは手のひらを上に向けると、一枚のカードを出現させた。


「マジックカード【現界・永続維持】────発動!」


 同時に、首のない男が姿勢を崩して倒れる。男の手元には焼き切れていくカバスポンのカードが握られていたが、その焼却がピタリと止まった。すると【怪物】のカードから、システムボイスが警告を発する。


『召喚存在による不正持ち込みカードの使用を確認。ルール規定に則り違反行為として罰則を与えます。御身は現在時刻よりウォンテッドカードに指定。死亡した場合、同カードは永久破棄されます』

「フハハッそれがどうした! これでだ! ワガハイは新世界に生まれ落ちた! 泥をすする囚人暮らしからはもうおさらばだ! ワガハイは、自由になったぞォオオオオオオオオー!!」


 カバスポンの豪快な笑い声が廃墟街にまで響き渡る。状況を静観していた女は、とてつもなく嫌な予感を抱いていた。


 ────さまざまな異常現象。


 それは何も、魔法のカードを手にした犯罪者によって起きていた事件。その中には、この怪物のような、もいるのではないか。


 カバスポンの怪しい目が、女の局部を舐めるように見回す。女の予感は的中した。


「ワガハイ、人間の顔は好みではないが、体のラインは魅力的に感じる。同族のメスをハーレムとして迎えることが、今生できそうにないのは悲惨だが、今しがた手に入れた自由には変えられん。我慢しよう」


 女は逃げ出す。全力疾走で逃げ出す。月が陰る。巨体が跳ぶ。着地と同時に激震。圧倒的な筋肉のパワーで女の前に立ちふさがった怪物は、腕を伸ばして女の体を掴み取る。女の上半身が巨大な手のひらに包まれた。もはやなすすべはない。女の悲鳴。女の蹴り上げ。それを意に介さず、怪物は夜空を見上げた。


「まずは十人ほど妻が欲しい。だがその前に拠点を作らねば」


          †


「なぜ幽霊は壁をすり抜けることができるのか?」


 朝礼前の教室。扉の上にあるプレートには《五年‐英ラン‐9組》と表記。

 黒板の前では、高身長170cm強の青年がチョーク片手に熱弁しており、九人の生徒が耳を傾けていた。


「この話題について話す前に、前提知識を身に付けよう。この世界は何次元空間でしょうか?」

「二次元ー!」

「フライドバビエル、お前マジか……そんなにアニメの世界に行きたい感じ? 冗談なら冗談らしく言ってくれ」

「えっ?」


 フライドバビエルは本気で正解だと思っていた。おそらくどこかで間違った知識を得たか、どこかで誤解して覚えてしまったのだろう。


「今のところ正解は、三次元空間にして四次元時空だ」


 青年は紙とペンを用意。紙に一つの黒点を描く。


 ────『 ・ 』 ────


「いいか。これが一次元空間だ。紙の存在は忘れろ」


 次に線を引く。


 ────『 ・‐・ 』────


「これもまだ一次元空間だ。一次元空間は点と線の世界だからな」

「なぁ。一次元空間に生き物はいるのか?」

麿まろ、いい質問だ。21世紀の学者は言った。“概念生物がいるなら一次元空間にも知的生命体はいるだろう”と」

「へー! ねぇところで、なんかこれ顔に見える!」

「パンナ。それはシミュラクラ現象という。あとで検索するといい」

『しゅみらぬら』

「お前ら滑舌どこいった? ベロ滑らせたらボケも滑るぞ」


 青年は紙の四隅に輪郭をなぞる。


 ────『 □ 』────


「これが二次元空間だ。平面世界ってことだな。紙の存在は忘れろ」


 今度は紙の上に垂直となるようペンを立てた。みんなも真似してみるといい。と、アルファは言う。


「これが立体。高さの概念が加わることで三次元空間となる。俺たちが住む世界だ。宇宙の形と思ってもらっても構わない」

『へー……』

「興味なさそうなところ恐縮だが、もう少し付き合ってくれ。──では、四次元空間はどのような空間か?」


 教室にいる九人の生徒は頭を悩ませる。青年はティッシュ箱を持ってくると、斜め向きになるようペンを立てた。あるいは、ティッシュ箱に突き刺して好きな方向に貫通させてもいい。そのようにアルファは語る。


「要は、さらに“方向”が加わるんだ。縦・横・高さに、もうひとつ何かが加わる。それは三次元空間の俺たちでは、おそらく絶対に見つけることが不可能な空間だ。といっても四次元空間の概念自体、数学上ではありえる話だが、それは仮想上の概念という話でもある。つまり、本当にこの考え方が正しいのかは未だ不明ってことだ」

「え~。じゃあ、また相対性理論が覆るの?」

「パンナ。相対性理論は覆ったというよりも、ちょっと間違ってたけど応用が利くって段階になってる。実際、現役でまだまだ使われているぞ」


 そこで字螺訥ヶ里あざにしとつかりがメガネを掛け直しながら補足した。


「アルファの言う通り、科学なんてここ半世紀で何度も覆っているからね。仮説に仮説を重ねて検証している学問はそりゃ覆りやすい。検証したからといって、それは定義が間違えてても、偶然うまくいっただけの幸運であった場合もあるから始末に負えない。どこかで必ず息詰まる場所があるってことだ。だってまさか『2+2=5にたすにはご』が正しくなる時期があったなんて……21世紀の人は、とてもじゃないけど信じられないだろうね」

「字螺の言う通り『2+2=4にたすにはよん』と『2+2=5にたすにはご』……少し前の物理学や量子論において、この二つの数式の結果が同じになる時期があった。つまり、物事をどの観点から計算するか、あるいは計算順序が異なっていれば、解答が違ってくる可能性が浮上した。科学者にとっては発狂もんだから、正気を失って集団自殺した学会もある」

「だから数学だって、ぶっちゃけ根本から間違えている可能性だってある。その点アインシュタインは凄いよね! 『E=mc2』はシンプルだと改めて判明したから、間違ってても他分野に多少の応用が効くんだ!」

「ほほう? 人類が何千年とかけて積み上げてきた数学自体の根本的誤りを発想する点では、さすがのA=Eランクだ。といっても俺は科学の正誤の話がしたいわけじゃない。話を戻すぞ。いよいよ本題だ!」


 青年は両手を広げて、さぁ来いと言いたげに問いかける。


「なぜ幽霊は壁をすり抜けることができる!?」

「超能力!」

「肉体がないから!」

「ほほうなるほどなるほど。フライドバビエルの“超能力”も気になるが、パンナの“肉体がない”ということは気体かプラズマか? ではどうやって霊体としての形を保っている? 壁をすり抜ける瞬間に雲散霧消としてしまわないか? 湯気や雲が風にさらわれて散らばり見えなくなってしまうように、壁の中の物質に邪魔されることはないだろうか?」

「だから超能力!」

「うーん……」

「そこで俺は考えた。もしかしたら幽霊には、のかもしれない」


 九人中四人が、ハッとした顔をする。先ほどの次元概念の話と照らし合わせることで、青年の話したいことが見えてきた。


『道?』

「そう、すなわち四次元空間だ。例えばの話だから真実と誤解するなよ? 三次元空間に方向が一つ追加された世界を生きている霊体は、四次元空間に存在しているため、俺たちでは分からない方向みちが見えているのかもしれないっつー発想だ」

「なるほど。それは面白い発想だ!」

「サンキュー字螺。つまり俺と幽霊ちゃんが散歩していたとする。そしたら幽霊ちゃんは黒板の先を指さして『ねぇアルファくんあっちに行こう!』と言い出した」

「九と四分の三番線みたい」

「まさにそれだ美夜! 絵面はそれに近い! ──で、俺は『いやいやちょっと待ってくれ。俺の目の前には黒板があるから通れない』と返す。すると幽霊ちゃんは『え? 私の前には通路が見えているけど?』『マジ?』『うん』──さて、もし幽霊が本当に存在して、俺と幽霊が仲良しになることができたら、こんな面白い会話が発生するかもしれない。という妄想話でした。ご清聴ありがとうございます」


 そこで、先ほどハッとしていた四人が言った。

 桃色の髪の少女と、美夜、字螺、パンナである。


「いいね。面白いアイデアだ」

「! ま……まぁ、退屈ではなかったわね!」

「アルファは色々なことを知っているね。君の想像力には毎度驚かされるよ」

「もう科学者にでもなっちゃえば?」

「だろ? だろ? ちなみに学者になる気はない。──とどのつまり死後の世界。天国やら地獄やら冥府やら楽園やらは、四次元空間のことを指しているのかもしれない。あと幽霊が見える奴の話とかネットで見るだろ? あれも目の錯覚みたいな現象で、たまたま四次元空間を目にすることができたから、幽霊を目にすることができたのかもしれない。──あ、きさらぎ駅とかも当てはまるかもしれねぇな。あれも目の錯覚で四次元空間の道を観測しちまったから、知らず知らず迷い込んじまったのかもしれない……ってな!」

『お~!』

「きさらぎ駅ってなに?」

「美夜、家に帰って覚えてたら調べろ。ただし夜には調べるな。たぶん怖くて眠れなくなる。──さて、そろそろ朝礼だ。というわけで、物理もオカルトを交えればなかなか面白いって思ったろ? というわけで今日の二限目は理科です! 苦手な奴は今の話を思い出して、自分が好きな題材と重ねて遊んでみて、自由な発想で切り抜けましょう!」

『ほーい!』


 いつもの談笑が終わる。青年の尽きることがない愉快な着眼点のお話は、毎日決まって予鈴直前に終了する。狙ってやっているとしたら要約の達人だ。青年を含む生徒たちは着席。扉が開かれて担任の先生が入ってくる。


「おはよー……って、えぇー!? みんな集まってるぅ!? やだ、先生、この学校の先生になって初めて、一番嬉しい瞬間が来たかも……!」

『おはようございま~す』

「え、えっと……おはようございます! みんな、ありがとね! それでは、出席番号を取りまーす……っ!」


 生徒たちは担任の反応を見て笑う。今日は行事がある日だから来たのだ。いわゆる担任の就任一ヶ月記念日である。発案は高身長の青年であり、それに賛同した生徒たちは示し合わせて登校していた。


「字螺くん! アルファくん!」

「はい!」

「は~い」


 字螺訥ヶ里と、黒板の前で熱弁していた高身長の青年が答える。彼の名はアルファ。小学五年生である。


「美夜ちゃん! 兎前ちゃん!」

「──……」

「はい」


 背筋をピンと立てて椅子に着席する兎前杏沙とまえあずさは、どこか人間味を感じさせない表情で、担任の手前にある虚空を見つめて返事する。そして窓から入った風が、桃色の髪をなびかせる。

 一方、彼女の机に自分の机をくっつける美夜は頬杖を突き、まばたきを一回もしない兎前杏沙の横顔を見つめてうっとりとしていた。なんせ隣の席に、透明感のある瞳と容貌を備えた絶世の美少女が座っているのだ。これに見とれるな、というのは土台無理な話である。


「美夜ちゃーん? 今日も兎前ちゃんに夢中かな~?」

「はい……あっ。うふふ、兎前様……またばきを忘れていますよ? 目が乾いてしまいますわ」


 兎前杏沙は思い出したように三回まばたきをする。

 それから担任は点呼を終えて、今度は答案用紙を配り始めた。


「アルファくん。表面の三桁の足し算で数問の間違いがあったわよ」

「げ、マジ?」

「でも……裏面の因数分解は全問正解でした」

「やりー!」

「……うぅ……」


 担任は立ちくらみ、おでこを抑える。どうして小学五年生が足し算を間違えて因数分解に正解するのだろうか。アルファは大学に飛び級できるほどの学力を持つ。つまり足し算は簡単すぎて気が乗らず凡ミスをしてしまい、因数分解は難しいため少し気が乗って全問正解した、ということだろうか。否、因数分解は高校生の問題だ。アルファのレベルなら足し算と同じくらい簡単のはず。


「やっぱ基本だからって慢心してたのかなー。そうなると俺は、やっぱ科学者にゃ向いてねーなー」

「! や、やっぱりそういうことよね!? 数学家の私には、アルファくんの頭の中がどうなっているのか、まったく想像がつかないわ……」

「人の頭の中なんて誰も分からないでしょう。俺だって自分の思考を見ることなんてできないのに」


 アルファはおかしそうに笑う。


「と、とりあえず……兎前さん。表面の引き算にミスが多かったです」

「わお。下手の横好きだったか……」

「……でも裏面の中高生問題にあるルート計算は、半分以上が正解でした。お見事です」

「やった」


 担任は大げさに立ちくらみして、兎前杏沙の机の端に手を突き、と考える。なぜ簡単な引き算が半分もできなくて、年不相応の√計算が半分も答えられるのか。ちなみに兎前杏沙の学力は小学三年生レベルだ。もうわけがわからない。そんな担任の思考を読んだアルファが天井を見上げる。


「実際なんでだろーなー?」

「さあ。普通じゃないって言われてるみたいでちょっとイヤだけど、事実だからしょうがないよね」

「そうなるわなー」


 担任はハッとする。


「あ、ふたりとも、ごめんなさい! 私……」

「いやいや。俺たちも思ってることですから。それに兎前はガチの宇宙人ですし」

「そうそう。ルート計算はちんぷんかんぷんだから、鉛筆転がして勘で答えた」

「鉛筆転がしてできるような問題ではないのですけどねぇー!?」

「はっはっ!」

「そうなの?」


 担任は、やはり末恐ろしいクラスだと改めて思う。英ランの生徒は、そのほとんどが精神的に規格外である。そして異常な精神が肉体に影響を与えているのか、学力も規格外になっている生徒もそれなりに存在する。学力・教養の面では、アルファがその代表例だ。


(でもみんな、本当にいい子なのよね……問題を起こす時は、基本的に誰かの為だし……大人の私が子供たちに説教されたり、教えられたりすることもあるし……兎前ちゃんが宇宙人だっていう話も、まだ信じられないけど……生徒を疑いたくないから信じるわ。そうなると、この学園って、本当に何もかもが規格外なのね……私、Cランクなのに、本当にここに居ていいのかしら……?)


「そりゃいいに決まってるでしょ。俺たちのために苦労してくれて、本当にありがたいと思っていますよ」

「アルファく~ん? 先生の心を読んでくるのやめてくれないかな~? それともまさか本当にエスパーなの?」

「視覚情報で読み取っただけですよ。ただの技術です」


 それから担任は別の生徒を見て回る。

 そのあいだ、席を立ったアルファは兎前杏沙の机に腰掛けて、目の前に立つ字螺訥ヶ里と談笑。アルファはニチアサのヒーロー番組について熱く語り始めて興奮気味。対する字螺訥ヶ里はヒーロー番組に興味こそあまりないが、友人が楽しそうに話していることが嬉しくて微笑んでいた。

 兎前杏沙は相変わらず、どこかの虚空を見つめているが、退屈を紛らわすため周囲の話し声は耳に入れている。対する美夜は言わずもがな、美しき桃色少女の美貌を眺めて恍惚に耽っていた。


「つまり昨日のやつは、めっちゃ熱かったってことなんだよ!!」

「そっか~」


 突として兎前杏沙が口を開く。


「バトルは?」

「そりゃもう! 月よりの兎も垂涎すいぜんものの神回だったぜ!!」

「ふーん。再現する?」

「あ、お断りします」


 アルファは手のひらを掲げて拒否を示す。断固とした意志と姿勢を感じる目つきだ。

 常に無表情で話す兎前杏沙は、ならば仕方ないと目をつむる。


 その時、担任が声をかけた。


「兎前ちゃんは、本当にバトルが好きなのね?」

「うん。たたかいが好き。タタカいは好きじゃない」

「そりゃ先生。月よりの兎っつー宇宙人にとって、闘いとは呼吸・食事・睡眠・性欲を司る生殖活動ですからね。ぶっちゃけ闘っていれば呼吸も食事も睡眠も必要ないんすよ」

「恋愛も入っているのよ! だから私、たまに兎前様と殴り愛なぐりあいをするの……キャッ! それに闘いが性欲を意味するなら、つまりこれは愛の営み……ってことよね!? キャー!! わたし大人の階段昇っちゃったー!!」

「刃物とか使ってる? 危なくない?」


 担任、兎前、アルファ、美夜、字螺の順で会話が進む。


「な、殴り合う? 刃物ぉ!? セッ……って、ちょっとちょっと! どういうことぉ!?」

「わたしは素手。本当は刀を使いたいけど、美夜に何かあったら困る。でも美夜には『なんでも好きな武器を使っていいよ』って言ってるんだけど、なぜか使わない」

「あー」

「普通の人は“好きな人を傷つけない”んでしょ! だから私は使わないのっ! それに私だって兎前様に何かあったら自害するわ! 兎前様の柔肌をアザにするだけで充分なの!」

「我慢しなくていいと思うけど……だって兎前ちゃんなら死ぬことないよね? そもそも死の概念なさそうだし」

「え? え?? なに? まんがのおはなし?」

「うん。動脈切れてもなんとかなるはず。たぶん。だから美夜、思いっきりハグしよ闘おう」

「人の悩みに口を出さない俺は黙っているのであった」


 担任を差し置いて物騒な会話をする四人組。

 その時、廊下側の戸がガラガラと開かれた。全員の視線がそちらに向かう。そして絶句した。一言で表すなら人型のカバの頭が入ってきた。両肩がつっかえて中に入れない。そのため少し力を入れると壁が爆砕、鉄の扉が圧砕した。


「────え?」


 呆ける担任。着ぐるみには見えない。

 アルファは当然のように臨戦態勢の構えを取る。


「曲者ならとりあえず殺すぞ?」

「ん? フハハ抜かしおるわ! この世界のガキは血気盛んだな! というより、この学び舎の子供が何かおかしいのか? どいつもこいつもワガハイを見て恐れない。大人だけが悲鳴を上げて、子供を置いて無様に逃げ出した。おかしな話だ」


 でっぷりとした腹が壁に引っかかる。ついに壁の一部を破壊して教室の中に入ってきた怪物は、ニヤリと笑みを浮かべて一枚のカードを取り出す。

 次の瞬間、アルファは跳躍回転。窓を蹴り割って、校舎の四階から飛び降りた。


「やるな! よもやここは戦士の学び舎か!? マジックカード【一分記憶消去催眠音波】────!」


 光り輝くカードは焼かれながら、空間を歪曲する音波を発する。音波を総身に浴びた担任と八人の生徒は糸の切れた人形のように倒れ伏す。

 その中で唯一、兎前杏沙だけは首をかしげていた。


「む? なぜ貴様には効かない? まさかプレイヤーか?」

「…………眠らせて何をするの?」

「妻を捜すのだ。そうさな……お前はスレンダーが過ぎる。なんだそのまな板は。将来の期待もできん。くびれは絶妙だが……なんだかな。ピンク色の髪がいけ好かない。まるで月よりの兎だ! お前はなんか怖いから要らない!」

「そう」

「だが、隣にいる女は将来に期待が持てる」

「美夜を誘拐するの? 悪いことだよ」

「それがどうした?」


 兎前杏沙は席を立ち、黙って様子を見守る。

 怪物は美夜の体を持ち上げて、大きな肩に乗せた。


「なんだ。止めないのか」

「美夜はやめたほうがいい。たぶん苦労する」

「ん? フハハ! やはりここのガキども、何かがおかしいぞ!」


 怪物は一枚のカードを取り出した。

 カードの上部には名前、中央には絵柄、下部には長文。兎前は思う。まるでカードゲームのカードのようだ。


「【転移】!」


 刹那、兎前杏沙は怪物の手を蹴り上げた。怪物の手からカードが弾かれて離れる。しかし効果は既に発動していた。落下するカードは焼き切れて消滅。怪物と美夜の姿が忽然と消えた。同時にアルファが駆け込んできて、教室に誰がいるのか把握する前に叫ぶ。


「兎前! 状況を一言で!」

「美夜が誘拐されちゃった」

「やっぱお前なにもしなかったな!? あわよくば闘えると思ってたろ! 友達ダチより性欲を優先するなバカめ!」

「ごめん」

「あと状況から見るに、なんで寝てない!? 月よりの兎は失感情症と似て感情が希薄と聞いた。精神干渉系を無効化するとも読んだことがある。それのおかげか!?」

「わからない。たぶんそうかも」


 ふと兎前杏沙は、なんだかスカートの中がかゆくなる。ポケットの中に何かが入っている。取り出してみる。


「! おい、それ……!」

「【転移】って書いてある。これを使ってカバさんが美夜を連れて消えた。使ったカードは焼き切れたように見えた。でもなぜかポケットの中にある。どういうこと?」

「ちょっと貸せ。字螺を起こせ。先に調理室に行ってろ。武器になりそうなもん探してこい。俺は包丁」

「了解」


 兎前杏沙は字螺訥ヶ里の肩を揺する。もう一回揺する。


「もっと強く揺すれよ! 頭ぶっ叩くとかさぁ!」

「ふむ」


 兎前杏沙は、字螺訥ヶ里の頭をはたく。だが力が弱すぎる。まったく起きそうにない。仕方がないので字螺訥ヶ里をおぶって調理室に向かう。その間アルファは、ゆっくりと廊下を歩いて階段を下りながら、カードの長文を読み込んでいた。


 ────『対象をイメージして、そこに転移することが可能。人物や物体、空間は問わない』────


「要約すればこういうことか。大雑把だが……やってみるか。飛んだ結果次元の狭間とかに落ちて死んだらそんときはそんときだな。なんなら一生死ねずに彷徨うのかも。よしっ!」


 調理室の扉を開ける。兎前杏沙は二本の出刃包丁を持っていた。子供の手でも握りやすいタイプを選んでいる。すかさずアルファは、床で寝息を立てる字螺訥ヶ里の腹部を蹴り飛ばした。


「──ぐふぅ……っ!? ごほっ……ちょ、なにするのさ!? 今もしかして蹴りましたぁ!?」

「美夜がカバ怪人に誘拐された。これより殺し合いに向かう! 兎前、字螺、準備はいいな? 美夜救出作戦だ!」

「了解。これ字螺用の包丁」

「えーマジかーいきなりの超展開~僕カバじゃなくてテロリストが良かった~! ──いや河馬カバって何? っていうか君たち、そんなことがあったのにまったく動じてないね」

「それがA=Eランクってことなんだろ。お前だってそうじゃねぇか。で、主力は兎前だ。俺は援護に回る。あわよくば美夜を救出して逃げる。字螺は戦闘面以外でフォローを頼む」

「了解」

「了解!」

「では俺の体に触れろ。転移は接触者も同時に飛ばせる。ちなみに転移しただけで死ぬかもしれない。覚悟はいいか?」

「イヤだけどOK」

「右に同じく」

「マジックカード【転移】────!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る