【短編】夢の感触

マジンミ・ブウ

夢の感触

「ごめん、六条さん。ほかに付き合っている人がいるんだ」


 ヒカルくんの言葉が、鼓膜に突き刺さる。


「……なんで?」

「ずっと前から。俺、ソラと付き合ってるんだ」


—————はぁ?


 ソ



         ら


                  ぁ

                      



                       ?

              

 ソラは私の幼馴染だ。


「だって……ソラは、私の相談を……」

 ソラは、私のヒカルくんへの想いを知っていた。ずっと、ずっと、話していたのに。


 視界が揺らぐ。何を言っているのかわからない。


 私の恋を応援するように、優しく頷いていたソラ。その裏でヒカルくんと付き合っていたのか? 私に微笑みながら、彼とイチャイチャハッピーな青春を謳歌していたのか?


 怒りと混乱の中、私は帰宅し、布団にもぐり込んだ。


――殺してやりたい。

 そんな考えが頭をよぎった。



 気がつくと、私はソラの部屋にいた。

 薄暗い室内。窓から差し込む街灯の光が、布団の上のソラを照らしている。私はそっと近づいた。静かに寝息を立てるソラの顔を見下ろす。


 この顔で、私に寄り添うふりをしながら、心の中で笑っていたのか?


 私がヒカルくんへの恋心を打ち明けるたび、優しく微笑みながら、内心では勝ち誇っていたのか?


 怒りがこみ上げる。


「夢なら……いいよね?」


 手を伸ばし、ソラの細い首に指を絡めた。

 柔らかく、温かい。しっとりとした肌の感触が、妙に生々しい。

 こんなにも、リアルな夢。

 ゆっくりと力を込める。ソラの身体がピクリと震えた。


 目を覚まし、苦しげに足をばたつかせる。叫ぼうとするが、喉が塞がれたままでは声にならない。


「や……め……て……」

 かすれた声が、喉の奥から漏れ出る。


 だめだよ。夢なんだから。

 夢なら、殺すくらいやらせろよ。


 じわじわと力を強めると、ソラの動きが鈍くなった。口がわずかに開き、舌がだらりと垂れ下がる。まるで、心の底から疑問を抱いているような形。


「なんで?」


その形に、ふと私は微笑む。


「ヒカルくんが好きだからだよ。」


そう呟いた瞬間、すべてが暗転した。



 目覚めると、朝だった。昨日の夢の感触が、まだ指先に残っている。

 不思議なほど気分がいい。まるで、長年の憂さが晴れたようだった。制服に着替え、玄関を開ける。


 外はざわついていた。ソラの家の前に人だかりができている。


 何があった?


 聞き耳を立てると、通りすがりの人々が口々に話していた。


「ソラちゃん、殺されたんだって……」


「首を絞められたらしいよ。でも、犯人の指紋も皮膚片も残ってないんだって」


 心臓が跳ね上がる。思わず、自分の手を見た。


 夢の感触が、蘇る。

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