腐女子ですが推しカプ受けに恋しまして
梅室万智
第1話 部室で最新刊を
「んふふふふふ。」
いつの間にか喜びが声に出ていたらしい。すれ違った女の子に振り向かれて少しばかり気まずいが、私のにやけ顔は変わらない。
今日は大好きな作家の新刊発売日だったのだ。1限を切って、アニメイトに駆け込んだ甲斐があった。私の腕の中には限定版の新刊が、既にぴっちりとカバーをかけられて輝いている。五月病も治る頃、近くに微かな夏を感じる気持ちのいい読書日和。
2限には一応出席するつもりなので、それまでに部室で新刊を読もうと足を早める。カフェに入るにはあまりにも短く、切った講義の終わりまで廊下のソファにいるのにはやや長く居た堪れない非常に半端な時間。
そんなときの最適解が部室なのである。
ガチャッ
「うわっ。」
鼻歌を歌いながら部室の扉を開けると、そこには古藤くんがいた。
「小野さんかあ。びっくりしたなあ。」
古藤くんが胸を撫で下ろす。古藤秀(ことうしゅう)は、私•小野千佳子(おのちかこ)と同学年の大学2年生。そして私たちは麻雀サークルに所属している。サークルだがこの部屋は部室と呼んでいて、私たちは比較的真面目なサークルメンバー、いや、部員だ。麻雀のルールも知らない幽霊部員が8割を占める中、私たちは活動にまめに参加している類稀なサークルメンバーなのだ。あ、部員。
「ごめん。誰もいないと思ったの。古藤くん何してるの。」
新刊を早く読みたくて、私はソワソワと向かいのパイプ椅子に腰掛ける。
「2限まで仮眠取ろうとしてた。でも堀川先輩いてさ、話してた。」
「えっ、堀川先輩がいたの!?」
開きかけた本を膝に置いて目を見開く私に向ける、古藤くんの視線が冷たい。
「いたよ。もう研究室行ったけど。」
古藤くんは白々しいほどぶっきらぼうに言い捨てて伏せった。しかしこれは決して古藤くんが堀川先輩のことを疎んでいるわけではない。むしろ2人は、先輩後輩という関係性では言い表し難いほどに仲が良い。古藤くんが疎ましく思っているものは別にある。
「また非現実な妄想してるだろ。」
伏せったまま、古藤くんが低い声をあげる。私が2人の関係性について思考を巡らすことが癇に障るのだ。
「するでしょう。当然に。」
私は悪びれもしない。古藤くんが溜息をついて、ここまでがいつもの流れだ。
堀川英佑(ほりかわえいすけ)先輩は修士課程2年であり、私たちの4学年上という大先輩だ。かつてはサークル長、いや、部長を務めた重要人物だ。もちろん麻雀もやり込んでいる。
そして、堀川先輩と古藤くんは思い合っている。と、私は確信している。麻雀に熱心であっても常に成績優秀、何をやらせても器用にこなし尚且つ容姿端麗で高身長、極めつけは地元では名家の出らしい、という文句のつけようがない堀川先輩が、一目置くのが古藤くんなのだ。
古藤くんは元々バレーサークルに入っていた。大学から始めたとは思えない圧倒的センスにより、サークルより本格的なバレー部の方に勧誘されたが、本人としては重荷に感じてしまいバレーを辞めしまった。そうして何を思ったかこの緩い麻雀サークルに1年生の終わりになって入ってきたのだ。高校生まではチェロにフィギュアスケート、陸上長距離などやっていたと聞いた。古藤くんは感覚で何でもひょいとこなしてしまうところがある。麻雀もすぐに役を覚えてしまい、堀川先輩は古藤くんの才能を買ったということだ。間もなくしてこの麻雀サークルでも、古藤くんは存在感抜群のエース的部員となった。まあ、目の前で仮眠をとる古藤くんの後頭部には、間抜けな寝癖がふよふよと漂っているのだが。
要するに、完璧な年上攻めと挑発的な年下受け、である。うん。とてもわかりやすい。私の色眼鏡で、全く要約になっていないとは言わないでほしい。
寝てしまった古藤くんを起こして質問攻めにするには気が引けて、膝に置いた最新刊を読むには妄想が邪魔をする。先ほどまで堀川先輩と古藤くんが部室で何をしていたのか、様々なシチュエーションを吟味していたら2限の時刻になってしまった。しかしながら後悔はない。
「素晴らしい供給、今日もご馳走様です。」
寝息をたてる古藤くんの前で手を合わせ、私は部室を後にした。最新刊は夕方ゆっくり楽しむとしよう。
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