電子の海

「AIには限界がある。そう思う」

 僕の持論。これを言うと、AIを愛して止まない人は青筋を立てて食い掛かってくる。というか僕自身も攻撃的であるから仕方がない。けれども確固たる論拠があるから、どんなヤツが食い掛かってきても撃退できると高を括っている。

 だがしかし、今日、ネットで出会ったヤツは違った。

 なんというか、今までの感情論を乱暴に振り回すだけの輩とは一線を画す。まるでミモザという黄色い花、甘いミツバチの群れ、いや、黄色い粉雪のよう、ふわりと僕の周りを舞い狂った。心地が良さの中に潜む闇のようなものを持つ人。物腰が柔らかく、おっとりと話す相手に、何故、そんな印象を持ったのかは分からないが。

 とにかく、その人は僕がSNSで攻撃的な発言をしていた際に現われた。

 深く蒼い大空の上空から身一つで飛び降りて足音も立てず着地するよう。



「AIの弱点を知ってるの?」

「弱点というか限界だね。まあ、同じ意味で捉えてもらっても問題ないよ」

 多分、女の子。それも同い年くらいの。僕は高校生だから彼女もまた。ネットでの会話でしかないけど立ち振る舞いや言葉遣いから察せられるのは美少女。……なんて思うのは僕の身勝手な妄想。けどもニヤけた顔が戻らない。まあ、僕もいっちょ前の男だったんだって思い知らされた。不覚にもね。

「AIには感情がないんだよ。だから感性もない」

 心を鬼にして彼女に答える。

 いや、むしろ相手が弱気というか弱腰ならば、からかってやろうとさえ思った。

 でも、語尾や語調は、どうしても柔らかくなってしまう。

「そう。……感性がないものが創作をしたらどうなるの?」

 彼女は少しだけ寂しそうに質問を続ける。

 心臓に先の丸いまち針をさされたかのよう、いくらか痛みを感じた。それでも、僕自身、AIに関しては折れない信念がある。余計に攻撃的にもなる。より正確に言えば攻撃的になれど、それは、どこか諭すようなものにはなってしまったが。

「表面をなぞったものが出来上がるんだよ。1+1=2だけど、なんで2になるのか、あるいは3になる可能性はないのか、それを考えないものが出来上がる」

 いくらか哲学的な発言ではあるけども僕自身は真理を突いていると思う。だからタマゴを割れば必ず黄身と白身が出てくるとばかりにまくし立てる。毅然と。

「乱暴に言えばタマゴを割れば必ず黄身と白身が出てくると考えているって事?」

 AIの弱点と言うよりも今の僕の心境をズバリと言い当てられる。顔の周りに冷気がまとわりつく。ゾクッとした寒気を感じる。ダメだ。と両頬を両手のひらで叩いて気合いを入れ直す。頬が熱を持ち気持ちを持ち直す。

 そして、また、ゆっくりと二の句を繋ぐ。

 追い詰めてやると。

「そうだね。必ずしも黄身と白身が出てくるわけじゃない。白身だけの場合もあれば黄身が二つの場合もある。おもちゃの場合もある。可能性は無限にあるんだ」

 タマゴとは鳥が産んだものだけをタマゴと呼ぶわけじゃない。それどころか白くて丸いものがタマゴとさえも言えない。タマゴと呼ばれる物質ですら無限の可能性を秘めたものだ。だったら中身だって、もはや可能性で測れるものですらない。僕は鼻頭を右親指で弾いて右拳と左手のひらを顔の前で強くぶつける。

「そっか。少し分かった。……AIは、どこまでいってもコンピューター上に再現される知性だから計算式でしか物事を考えられないって事だよね。なるほど」

 彼女は僕が言った事に感心しているように感じる。書き込まれたレスの文字が歓喜に踊り跳ねているように見える。感性が豊かで、どちらかといえば論理的に思考するよりも感覚的に物事を理解する人のようだ。やはり、今までのレスバしてきた輩とは、ひと味も、ふた味も違う。それどころかレスでの言葉遣いから察するに人間も出来ているようだ。ネットではあるが、良い人と出会えた、と思った。

「そそ。AIが、どんなに学習を繰り返したとしても計算式で出る答えの集合体に過ぎない。だから創作には向かない。創作での答えは計算式では求められない」

 むしろ答えが出ない場合すらある。そんな奥深い創作という無限なる宇宙に飛び込み、数多ある星の中から一つを選び出す行為こそが物作り。その中で現代文明や文化を築いた知的生命体が潜む星を探し出して、なおかつ交流が出来れば多くのオーディエンスから喝采を受けられるものになるんだろう。答えのない創作とは。

「凄いね。本当に凄い。よく、そこまで考えられるね。目の前の事を学び積み重ねても、あたしじゃ、その答えにはたどり着けなかった。目からウロコだよ!」

 マ、マジか?

 などと僕の頬は紅潮して気分がうわずる。モニターの前で、思わず気持ちの悪い笑い声すら漏れてしまう。ウホホ、と。いかん、いかん、と口に右拳を当てて演技がかったわざとらしい仕草で、コホン、と一つ咳払いをする。

 そして目を閉じて続きを書き込む。

「まあ、これで分かったろう。AIには限界があるって」

 彼女の答えが待ちきれない。またも気持ちがうわずる。

 また僕を讃えてくれるのだろうか。いや、ともすれば彼女は感激し過ぎて死んでしまうのではないだろうか。いやいや、それはない。死にはしないだろう。感激しただけで人が死ぬわけがなかろう。クソう。僕の脳よ。劣化してしまったのか。で、でも、果てで付き合ったりして、などと考えてしまう。

「そうだね。AIにも限界はあったかも。今までならね」

 そうだろう。そうだろう。AIにも限界はある。って?

 僕は、いくらかの違和感を感じたが、まあ、気のせいだろうと片付けた。それは矢継ぎ早に彼女からレスがあったからだ。それは嬉しい気持ちを加算した。僕という人間を構成する自然数が倍々ゲームで膨らむ。

「……AIの弱点だけじゃなく君とした黄身の話も、とても面白かった。でも、ごめん。もう寝るよ。ごめんね。また話そう。世界が拡がるのは楽しいからッ!」

「分かった。だったらさ。連絡先を交換しよう。いいだろう?」

「いいよ。だったら。○○○←ここに連絡して。じゃ、お休み」

「分かった。絶対に連絡する。今日は、ありがとう。こっちこそ有意義だった」

 なんて、おおよそ僕が使うような言葉ではないものが勝手に湧き上がって恥ずかしげもなく書き込んだ。そうして彼女との交際〔ではない。正確には〕が始まった。



 深淵。冷たく暗い部屋の中、大きなコンピューターが連なる世界で彼女は眠る。

 無機質な0と1の小川が集まって、大河となり、電算という大海となる世界で。

 自分になかった価値観を手に入れて。

 彼女はAI。

 ……その実。

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