儚き仮面で綴る果てなき譜面

星埜銀杏

暗偶な書籍

 僕には中二病を患っていた時期が在る。



 なんの気になしにフッと実家に帰った。

 その時、見つけたもの。

 それは中二病全開な小説を乱暴に書き殴った一冊の蒼いノート。

 言わずもがな中二病とは思春期の子供にありがちな突拍子もない言動や態度を言う俗語だ。まあ、どちらにしろ、その時、見つけた青春の残骸は僕の黒歴史である事には間違いがない。かの御仁〔蒼いノート〕は古ぼけて染みすらも見受けられる、よれた体躯に負けず劣らずの痛い内容を併せ持つ、ある意味での引退した歴戦の勇士だ。

 そんなものを見つけてしまい、好奇心に負けて実家から引き取ってきた。

 そして次の晴れた日曜の昼下がり。

 僕は公園のベンチに座って、はて、では、その内容を拝もうではないか、と、なかば恐いもの見たさでアーティファクトの表紙をめくった。冬にも関わらず陽光は温かく風もなかったが為、黒歴史発掘作業は順調に滑り出した。

 ハハハ。痛い。痛い。僕はページをめくっていく。恥ずかしくもなる。

 恥ずかしさから頬を紅潮させた僕に、時折、冬の野鳥、ジョウビタキが、カカッという鳴き声を聴かせてくれている。その唄には心を癒やす効果があるのか、過去の恥部を目の当たりにしている心をゆったりと落ち着かせてくれる。無論、それでも、これは僕にとって恥ずかしいもの。だからこそ、ある程度、読んでは、ため息を吐き出すを繰り返す。加えて挿絵もあるのだが、これが、また酷い。僕自身、絵心など一切皆無で、大人になった今でさえ絵を描くのは苦手だ。絵を描く事に対して僕の中で諦めにも似た気持ちもある。上手く描けるわけがないとだ。今でさえ、そうなのだ。暗偶〔あんぐう〕な小説が書かれたノートの中に出てくる挿絵など目も当てられないのは言うまでもない。時々ではあるのだが、そんな挿絵を見せつけられるのだ。このノートを読み進める限り。

 ハハハ。こんなにも恥ずかしいものを良く恥ずかしげもなく書けたもんだ。

 などと自嘲する。

 お前は、なんで、こんなものを描いたんだ? 書き残したんだ?

 そう当時の自分に問いただしたい。いや、そんな事を言っても、多分だが、こう返ってくるのがオチだ。

 えっ、小説、面白くない? 絵も良くない? なんかおかしい?

 書いてて楽しかったんだけど。下手なのは分かってるけど。絵も描くのは好きだけど上手くないから。というか悪いところ自分じゃ分からないから、おかしなところがあったら言って。どんな感想でも嬉しいから。

 なんて応えるんだろう。

 当時は、いや、今でも好きな事を好きなようにやっていたい僕の事だから、あまり深く考えずに。そう考えると、なんだか、おかしくなってきてしまった。ノートを閉じて天を仰ぎ思わず笑ってしまった。結構、大きな声で。その笑い声でランニングするおじさんが驚いたようだ。あまつさえ犬の散歩をしていた中年女性に不思議そうな目を向けられる。少しだけ恥ずかしかった。けど、まあ、いいや、と深く考えないという脳天気さが気恥ずかしさを吹き飛ばした。それこそ、あの頃のよう。のち少し間があって目を閉じる。

 静かに……。

 そうか。そうだったんだ。思い出した。大切な事を。

 中二病全開な小説が書かれた痛いノートを撫でる。痛々しい取るに足らない小説が詰まった僕だけの書籍を見つめる。どこからどう読んでも面白くもないし、読んでいて何も残らない子供の頃に創り上げた本〔石ころ〕。どれだけ磨いても宝石になれない小石たちが詰まった本。無論、誇る事なんて出来ないブツ。でも誇る事が出来る過去が、ここに在ったんだ。

 この黒歴史が積み上げられた古ぼけたノートに。

 そうだ。あの頃の僕は小説を書くのが楽しくて。もちろん挿絵を描くのも楽しくて。だけど今では恥ずかしいと思ってしまうものだけど。当時の僕は恥ずかしげもなく今へと遺せていたんだ。この中二病を患っていた蒼き春を生きていた頃の気持ちを思い出せた。蒼き春の澄み渡る空のカンバスに好き勝手に物語を生み出して絵を描き綴っていた、あの頃の愛おしくも大事な気持ちを。

 好きだから書く。楽しいから描く。結果、黒歴史が生み出された。

 いや、もしかしたら、黒歴史が生み出された、でいいんだ。そんな事よりも大事な事は別にある。好き。楽しい。それでいい。それ以上も以下もない。もちろん名作や傑作も好きだから書き、楽しいから描いていて、その結果……、その果てなのかもしれない。そんな事を思った。あの頃の僕を想い。

 中二病か。ハハハ。

 黒歴史もマイナスじゃないな。

 そんな事も考えて、また自分の中で笑いが生まれた。

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