全ての終わり
「言いたいことがあるんですけど、いいですか。」
今日も私たちは、屋上にいる。
「……何?」
鋭い目と不穏なオーラで、怯む。
「もう全てが分かりました。いや、分かった気がしました。」
風が冷たい。
まるで、彼の世界に入ったみたい。
彼は、あまり動かないけど。
彼の一挙手一投足に、注目してしまう。
「……どういうこと?」
こう返すしかないような気がした。
「恋っていうのは、友情より確証の絆。信用。貴方を話を聞いて、そう解釈しました。」
確証。
響きが重くて、でも格好良い。
「確かに、正解かもね。」
恋っていうのを、大雑把に表現するなら。
だけど。
「だから。この関係は、もう終わりにしましょう。人の時間を奪うのは、良くないことって。小説で読みました。」
言っていることの全てが、正しい。
だけど。
ちょっと、苛立った。
文学少年というのはある意味、文学というものを知識という武器にできる。
では、悪い文学少年は。
その武器を振り回す、文学少年だ。
感情という別の括りがあるのに、永遠にその武器に縋って。
感情すらも、武器で正当化しようとする。
そして。
本当の正解には、いつまでも辿りつけない。
例えるなら。
双子葉類とはなにか、簡潔に述べよ。
と言われているのに、日本語と言っているようなものだ。
合ってはいるが、正解してはいない。
「大体は、だけど。」
勇気を出した言葉に振り向くかと思ったら、そもそも私を見てくれている。
「『その小説がどんな気分になるか教えて。』って言われたらさ。感想をまとめることはできるけど。できるだけ正確にするなら、その小説を一字一句間違えずに書き写して『読んで。』って言うのが正しい筈だと思うの。」
彼が頷くだけで、一安心。
「君も、誰かに恋をしたと言わない限り。恋を体験しない限り。君が興味を持った恋の、正確な答えは分からないよ。」
私の拙い語彙力が、彼の鼓膜に届いたと思うと。
少し、怖い。
「……辛いんです。」
辛い。
彼の発言に、色んな可能性を考えた。
こんな奴に時間を取られるのが、鬱陶しいとか。
こんな奴に好かれるのが、面倒臭いとか。
唾を飲む。
「貴方、いや。君は。こんな僕にも本気になってくれているのに。君のことを知っていっているどころか、君の本気を理解している自信もなくて。冷たい人って言われたこともあるから、気を悪くしてしまうのではないかと強く考えてしまって。」
君の不安そうな声は、初めて聞いたよ。
大して、違わないけど。
少しの声の震えに、大きく衝撃を受けた。
あと、少し反省した。
こんな大きな気持ちで、戸惑ってしまうけど。
本当に戸惑うのは、その大きな気持ちを持たれた側なんだ。
「……やっぱり、迷惑かけてるじゃないか。」
気づいたら、抱きついていた。
でも、不思議と。
心臓は高鳴らない。
「迷惑という言葉が好きなのかな。何度も言うけど、かけられた覚えがない。でも。ただ一つだけ、迷惑なのは。迷惑になっているって、決めつけられることだよ。」
いつまでも、透き通った言葉。
いつもだったら、絶対。
嘘だ、迷惑になっている。
って、勘繰ってしまうけど。
迷惑じゃないんだと、安心している。
「人の心なんて、読めないよ。私のこの気持ちを理解している自信なんて、無くて当然。そんなことは求めてない。私のこの大きな気持ちに、向き合ってくれた姿勢。ただ、それが嬉しい。」
大きな気持ちが、私の涙腺すらも壊して。
思考をぐちゃぐちゃにする。
彼の気持ちが分かる。
恋とは何。
恋してる自分でも、分からない。
恋していると楽しくて、興奮して。
合ってはいるけど。
その分、冷静さを欠いて。
必要以上に反省して。
その度に思う。
恋、辛いよ。
恋をしている意味があるかと。
でも。
そういうデメリットがあったとしても。
好きな人は、格好良いんだよ。
これは、人それぞれだけど。
私の好きな人は、好きなことに正直で。
真っ直ぐな道を歩む分、意思が強すぎるけど。
道の先を見る目が、鋭くて。
ある意味、生真面目な生き方を見ていて。
感銘を受けた。
「……長すぎませんか?」
その一言で、力強く抱き締めていた腕を意識する。
「よく分からないんですけど。さっきから、心臓が高鳴ってしまって。時には刺激も大事なのですかね?」
それが恋だよ。
なんて、言わなかった。
私の恋は、本当に恋なのか。
君のそれは、本当に恋なのか。
あの話をした後に、断言できるわけがなかった。
というか。
確実に恋していますね、と言える人物は存在しないのかもと思った。
曖昧な恋という定義を、興奮に当てはめること自体。
いけないことなのではないか、と考えて。
恋している人なんて、一人もいないのではないか。
なんて、思ったから。
分かっている。
これは、言い訳だ。
なにか、恋人という称号を。
避けたくなった。
この文学少年と話して、分かった。
称号を得た時に背負う、この大きな気持ちの責任なんて。
絶対に、私は取れないもの。
いや、私には辛いものだ。
「ありがとうございます。」
彼の顔は真っ赤だった。
絶対に、恋じゃないか。
心の叫びを堪えた。
「……今日は、このくらいで。」
今日は、そう言われたが。
その日を境に、彼は屋上に来なくなった。
私だけの屋上。
世界で一番、意味の籠った液体。
ある文学少年に恋をした 嗚呼烏 @aakarasu9339
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