第35話

スパイウェアに関する炎上について緊急会議が行われていたが、良い解決法は出そうになかった。


 株は急落しているし、とにかく打開策を見つけなければならない。

 とはいえ、沸騰した頭では良いアイディアが出るとも思えない。


 晴仁は会議を中断し、休憩を指示した。

 和未に連絡をしようか、迷う。


 プログラム開発の資金を得るために、彼女を見合いから連れ出し、結婚までした。

 最初、彼女は晴仁にびくびくと緊張していた。


 うざいとすら思ったのに、食事をほめられて喜ぶ姿がいじらしかった。

 医者にDVを疑われて腹が立った。別れるまでに絶対に健康な普通の女性にしてやる、と思った。


 一緒に暮らして虐待のありさまを見せ付けられ、痛々しかった。異常な頻度の謝罪に、おびえ。殴られるための道具を自分で用意させられるなど、想像の範囲外だった。


 怒りが湧き、彼女を守るのは自分だと思った。


 なにもかもに遠慮する彼女だが、命令だと言えば従うことがわかり、しばらくはそれで過ごすことにした。


 最初は戸惑いながら、次第に素直に、やがてはうれしそうに命令を聞く彼女が愛おしくなってきた。


 ケーキをいつまでも見つめている姿には、思わず笑みがこぼれた。

 ただ慈しむ気持ちが胸にあった。


 頭を撫でると、無防備、無警戒にされるがままになっているのがたまらなかった。全幅の信頼をおいてくれている、それがうれしい。


 やわらかな頬をなでると、その唇に触れたい誘惑にかられた。衝動に勝てずに戯れのように触れる。彼女は無抵抗にされるがままだった。


 自分のものにしたい。

 カッと熱が湧き上がり、全身を駆け巡る。彼は自分の本心を……彼女への愛を悟った。あのまま押し倒さなかった自分を褒めたいくらいだ。


「君は、どう思っているんだ」

 思わず聞いていた。


 よくそんなことを、と苦笑する。

 一緒にいたいと、そう言ってくれると思っているからこその質問だ。


 結局、「ここにいろ」と命令してしまった。

 卑怯だと思う反面、今だけは仕方ないと自分に言い訳をする。


 彼女が心身ともに健康になったそのときには。

 そのためにも今は炎上の対策をしなくてはならない。


 和未の無事だけ確認しておこうと思い、副社長室に戻ってスマホを見る。

 嫌いになったから家を出ます、とメッセージが来ていた。

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