第34話

だから、大切なんですよ。どれだけ死にたくても生きなくてはいけないんですよ。


 艶のいい肌をして高そうなスーツを着た男は、したり顔でそう言った。


 だったら、私の役割は。ずっといじめられて苦しむのが私の役目なんだろうか。


 いじめている彼らはいつも楽しそうだ。そうやって彼らを楽しませるためだけに生まれたんだろうか。そんな役割の人間が必要なんだと、そう言うのだろうか。


 彼女の心の問いに答える者は誰もいない。


「泣きもしないなんて可愛げがない」

 達弘が言う。

 確かに前は殴られるとすぐ泣いていた。だが、今日はなぜか涙が出ない。


 きっと、と和未は思う。

 きっと彼に出会ったせいだ。彼が喜びの涙を教えてくれた。だから涙の意味が変わったんだ。


「私のことは」

 必死に和未は言葉を紡ぐ。

「私はどうなってもいいです。だから、あの人の会社に嫌がらせするのは、やめてください」


「私たちがやってることじゃないから知らないわ」

「自分で頼んだらいいじゃない」


 嘲笑いながら、三人は暴行を続ける。

 殴られ疲れ、和未が体を丸くすることすらやめたころ、ようやく彼らも暴行をやめた。


「これぐらいやれば大丈夫か」

「ああ、疲れたわ。筋肉痛になりそう」

「その分慰謝料が増えるんじゃない?」

 労働の対価を話すかのように、三人は笑った。


 和未は立ち上がろうとして、どしゃっと倒れた。

「なによ、あんた」

 紅愛が言う。


「行か、ないと」

 和未は言う。


「どこへ行くって言うのよ」

「嫌がらせを、やめて、もらい、に」

 立ち上がろうとするが、力が入らずにまたも崩れ落ちる。


「感じ悪! けなげなふりして!」

 和未の背を、紅愛はぐりぐりと踏みつける。

 和未はうめき声すらあげなかった。そんな力も、もうない。


***


 晴仁は難しい顔をして会議室にいる面々を見た。

 一様に暗く険しい顔をしている。社長は取引先に説明に出ている。

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