君と僕とワンルーム

蒼猫

1

うつらうつらとベットの上でまどろんでいると少し遠くから自分の名前を呼ぶ声が微かに聞こえる。重い瞼と格闘していると、もう一度名前を呼ばれた。今度ははっきりと耳に届きベッドから勢いよく上肢を起こす。数回瞬きして、自分の名前を呼んだ声の主を探す。

「オリバー!ご飯できたよー」

同居人一高原彩音がローテーブルの傍に座ってこちらを見ていた。

彩音の顔を見ればさっきまで格闘して眠気なんて何処かへ飛んでいってしまう。ベッドから飛び降りて彩音の隣に座る。彩音は「よしよし」と言いながら、ボクの頭を撫でる。

「……じゃ、食べよっか!」

そう言って彩音は手を合わせる。彩音が食事をし始めたのを見て自分も食べ始める。

食事は毎回彩音が作る。というもボクは料理どころか家事全般が全くできない。料理を手伝おうとキッチンに行っても「危ないからソファの方いてね」と彩音にキッチンから追い出されてしまうのだ。それならと洗濯を干そうとしてみたり、掃除をしようとしたが、どれも彩音から「これはおもちゃじゃないよ」と叱られて禁止されてしまった。ボクが洗濯をすると洗い直しになるし、掃除をするとさらに掃除をしないといけなくなるらしい。唯一朝に寝ている彩音を起こすことだけがボクの仕事だ。簡単に思えるけれど案外難しい。彩音は全然起きようとしないし、隙があればボクを布団の中に入れてそのまま寝ようとするのだ!布団の中は暖かいしボクは寝ることが大好きだからこの誘惑に勝たなければならない。毎朝起こすのはそれはもう骨が折れるほど大変な仕事なのだ。

自分のご飯を食べ終わった後は彩音の食事が終わるまで待機する。彩音はいつもテレビを見ながら食事しているのだが、見始めるとなかなか終わらない。その間暇なのでボクは彩音の膝の上を借りて一眠りする。彩音の膝に頭をのけて床に寝転ぶと、彩音が頭を撫でてくれる。程よい速度で優しく撫でられるとすぐに眠りに落ちる。


彩音の膝が動き、目を覚まして顔を上げる。彩音が食事を終えたのか食器を持ってキッチンの方へと向かっていった。ボクはその後を尾けていく。彩音が食器を洗う間彩音のそばで様子を見る。

ふと彩音がこちらに視線をやる。

「洗い終わったらおでかけ行こうね」

と彩音がニコリと笑ってそう言った。

『おでかけ!』

と思わず声に出した。嬉しくなってつい彩音の周りをウロウロと歩き回ってしまう。そんなボクを見て彩音は小さく声に出して笑った。

彩音は忙しい人で朝早く家を出て真っ暗になった頃に帰ってくる。それがいつもで、たまに今日みたいに一日中家にいる日もある。そういう時は必ずおでかけに連れていってくれるのだ。近所の公園に遊びに行ったり、車に乗って海や人の沢山いる場所に行ったりする。彩音とのおでかけは全部楽しくて大好きなんだ。

「よし、お待たせ!行こっか」

『うん!』

彩音が荷物を持って玄関の方へ行く。ボクはその後ろをついていった。


「だんだん暑くなってきたね〜、お昼に出かけるのも限界かな」

今日は車を使わず近所におでかけらしい。車でのおでかけは楽しいけれど乗る時は怖いので少しホッとした。彩音の少し前を歩きながら、先程彩音が言ってた通り、確かにちょっとだけ暑いかもななんて考える。そろそろ虫や植物が活発になり始める時期になる。この時期になると、おでかけに行くのは昼じゃなくて、太陽が昇る前か、落ちた後の暗い時間になる。太陽が昇る前は滅多にないけれど。

このポカポカの日差しを浴びるのはもう終わりかと思うとなんだか残念だと思う。

10分ほど歩くと公園が見えてくる。そんなに広くはないけれど、住宅街の真ん中に位置しているので常に子供達がいて賑わっている。そこにいる子供達と一緒に走り回ったりして遊ぶんだ。ワクワクして足取り軽く、ほとんどスキップをしながら歩く。

「っ……ふふ、楽しみだね、オリバー」

彩音がボクを見てそう笑った。


床に張り付いてグッと背伸びをする。今日は彩音が忙しい日みたいで、朝から出かけて行った。朝に彩音を起こすという仕事も無事に終え、出かける彩音に行ってらっしゃいと挨拶すれば、後はボクの自由時間だ。やることといえば専ら昼寝か家にあるおもちゃで遊ぶことくらいだが。

おもちゃで遊ぶのにも飽きた頃、ちょうど太陽が真上に昇っていた。窓から入る日差しがいつもより強く、暖かそうだと思った。今日は日向ぼっこしてお昼寝しようと思い窓の側で寝転がる。思ったとおり暖かく気持ちが良い。毎日こうだといいなと思いながら眠りについた。


「——!……——オリバー!」

揺さぶられて目が覚める。重たい瞼を開けると目の前に彩音がいた。

いつ帰ってきたんだろう。気づかなかったな。

なんだか体が重たい。立とうと思っても体がフラついて上手くいかない。それに体が熱い気がする。転がりそうになる体を既の所で彩音が受け止めてくれた。彩音が水をくれるがちゃんと飲めない。

「……ごめんね、……ごめん……っ」

彩音が泣きそうな顔でボクの頭を撫でながらそう言った。

何も悪いことしてないのに何に謝ってるんだろう。彩音に大丈夫だよと伝えたくて、頭を撫でる手に頭を擦り付ける。

「っ……」

急にふわりと体が浮かんで彩音の体が近くに来る。彩音が抱きかかえてくれているらしい。彩音はボクを抱えたまま歩き出した。急足で玄関の方へ行く。

これからどこかへおでかけだろうか。気分じゃないんだけどな、と思いつつ、抗う元気もないため大人しく連れて行かれる。どうやら車に乗るようでボクを助手席に置いて彩音は運転し始めた。普段なら窓から顔を出したりするけれど、今日は大人しく席で丸くなる。


10分ほど経ったあたりで車が止まる。顔を上げると、彩音がボクを見ていた。眉を下げて泣きそうで、でも安心した様な表情。

彩音は助手席側に回り込んで、また僕を抱き上げると、近くにあった建物に入っていく。何だか見覚えのある場所で、嫌な感じがした。

建物の中に入って、近くにいた女の人と彩音が軽く話すと、彩音はボクを抱えたまま奥の部屋に入っていく。

彩音はボクを部屋の真ん中にある台の上に下ろすと、白い服を着た男の人と話出した。怖くなって彩音の元に擦り寄ると、彩音がボクの頭を軽く撫でてくれる。少しだけ気分が落ち着いてきて思い出す。

そうだ、男の人とこの部屋、見たことあると思ったら病院だ。以前、ここに連れてこられて注射を打たれたんだ。あれ痛くて嫌だったなと思う。今回もそれなんだろうか。

怯えて彩音に泣きつくが、非情な事に彩音は白い服を着た男の人にボクを渡した。

男の人は何かを言いながらボクの体をペタペタと触る。急にチクりと背中の辺りに痛みが走った。なにが起こったかよく分からず、彩音の腕に顔を埋めたまましばらく耐えた。

耐えているうちに寝てしまっていたらしく気づいたら車の中にいた。また彩音に抱えられて移動する。そのままベッドまで運ばれてまた眠りについた。


「おはよう、オリバー」

朝目を覚ますと、彩音に挨拶と共に頭を撫でられた。いつもボクより遅く起きるのに珍しいなと思いつつ、おはようを返す。

「……ご飯食べられそう?」

彩音は眉を下げたままボクにそう聞いた。寝起きで気づかなかったが、昨日よりちょっとだけ体が楽になっている。昨日はご飯を食べる元気は無かったが今日は食べれそうな気がする。というか腹ぺこだ。

ベッドを飛び降りて机の方へ行く。

「ちょっと元気になったね、よかった」

ボクの前にご飯を置くと、彩音がボクの頭を撫でた。

ご飯を食べていると、白くて丸い形をした物が入っていた。舐めてみると苦かったのできっと食べ物じゃないなと思い避けて他のものを食べる。

彩音がチラリとボクのお皿の中を覗き込む。すると彩音が声を上げた。

「あ!薬もちゃんと食べなきゃダメだよ!」

なんの事だかさっぱり分からず無視をしていたら、彩音がさっきの白くて丸い苦い物をボクの口の中に入れてきた。思わず吐き出そうとすると口を抑えられる。びっくりして飲み込んでしまった。

「よしよし、ちゃんと飲んだね偉い!」

彩音はそう言ってボクの頭をわしゃわしゃと撫でた。彩音が嬉しそうでさっきの事なんかすっかりどうでも良くなってしまう。

「ん〜……もっと薬飲みやすい方法考えなきゃな」

と呟きながら彩音はキッチンの方へ行ってしまった。軽く背中を追った後、お皿に残ったご飯を食べようと食事を再開した。


彩音と一緒に夕暮れの街を歩く。あれから2週間ほど経ってようやくおでかけに行けるようになった。昼間は暑すぎるらしく、夕方か早朝にでかけるようになった。

暫く歩くと前から3人の子供達がこちらに向かって走ってきた。

「あ!お姉ちゃん!ワンチャン元気になったの?」

「なまえ!おりばーだよ!ひさしぶりだね、おりばー!」

「ねえねえ!なでてもいい?」

3人が一斉に話出して。彩音は苦笑する。

「もちろん撫でていいよ、元気になったばかりだから優しくね」

「……!うん!」

子供達がしゃがんでボクの頭や背中をわしゃわしゃと撫でる。それにボクはパタパタと尻尾を振って大人しく受け入れた。

「元気になってよかったね!おりばー!」

撫でられているボクを見て彩音は顔を綻ばせて笑う。

「ほんとに、よかった。ねっ。」

そういう彩音にボクは

「ワン!」

と元気よく返事をした。

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