「夏、儚い君に恋をした。」

水無月

第1話 



まだ小学生だった頃の夏休み。僕は友達と虫取りをしていた。蒸し暑い8月の中旬頃だっただろうか、、蝉がうるさいくらいに鳴いていた。

虫取りにきた森はこの町の外れにある深い森だった。大人は危ないから近づいちゃダメと口を酸っぱくして言うけれど子供は好奇心には勝てない。

さっきまで、僕はその森で虫取りをしていたはずだったのだが。

はぐれてしまったらしい。途方にくれた。この森で迷子になってはいけないと言われてきたから。

いま自分が体験してようやくその恐ろしさがわかった。さっきまで五月蝿いと思っていた蝉の鳴き声でさえも恐怖の対象になってしまう。

涙が零れ落ちたその時、透明な声が聞こえた。

「大丈夫?怪我でもしたのかな?」

後ろを見ると女子高生が立っていた。ここ三丘町の三丘高校の制服だ。

髪は黒く長い。艶があって下にいくにつれてウェーブがかっている。瞳は吸い込まれるほどに美しい黒色で息を呑んでしまった。

「あ、もしかして迷子かな?」

お姉さんは頭に手を当てて考えている。

僕は頷いた。するとお姉さんは飴玉を一つ僕の掌に置いた。

一瞬触れた指先は氷のように冷たくて、僕は目を見開いた。

「大丈夫、これあげる!あとね、向こうでお友達が探してたよ」

そう言うと立ち上がるお姉さん。何でこの森にいたんだろう。何だか、夏が似合う人だなと思いながらお姉さんが指差した方向に歩いて行く。

数歩歩いたところで言い忘れていたことを思い出した。

「お姉ちゃん、ありが、、」

僕は後ろを見て言葉を失った。なぜならお姉さんはもういなかったから。

たったの数秒、数歩だったのに、近くを見渡してもそのお姉さんは見当たらなかった。




「おい!話聞いてるのか?」

そんな怒号が突然聞こえてきた。僕は前を見ると担任である小野寺先生が立っていた。

僕の絵を見て、、、

幼少の頃の思い出に浸っていて先生に言われていることを忘れてしまった。

小野寺先生は美術部の顧問でもある先生でコンクールにも入賞したことがある実力者だ。

そんな小野寺先生は目頭を揉みながらまた言った。

「お前、何なんだこの絵は!!!」

「何って夏の森です」

よく描けたと思っていた。僕が描いた絵の中でもとてもよく描けたと友達も言ってくれた。

それをなぜか今問い詰められている。

「これが森か?まともな描写がなっていない!真逆これをコンクールに出すつもりだったのか?」

「はいそうです。」

ーだって、よくできたと思っていたから。。

「はぁ?もう一度描いてこい!最後のコンクールだろう!!こんな駄作を発表するくらいなら大学受験を無駄にしてでもまともな作品を描くことだな!!」

僕は心のどこかで何かがプツリと切れる音がした。自分の作品を馬鹿にされて頭に血が登ったのかもしれない。

まさか自分が反抗するなんて自分でも思ってみなかった。

「先生は生徒の作品を駄作よわばりするんですか?どこがよくないのか、それを教えるのが先生の仕事では無いんですか?先生もコンクールでうつつを抜かせないのは分かりますが、先生は画家じゃなくて先生ですから」

そう言うと美術室からそそくさと出る。

ーあー美術の成績落ちただろうなぁ

そう思って歩いているとまた小野寺先生の怒り声が聞こえてきた。

僕は無視して家へと帰る。

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「夏、儚い君に恋をした。」 水無月 @Minatuskr

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