第8話 夏最後の日
九月前の最後の休日。残暑が厳しく、まだ夏のただ中にいる気分だ。顔を上げると暮れがかった空。かすかに赤みが差し込んだ青。
広場をぐるりと囲うように伸びる通りはなだらかで、開けている。人通りはまばらでのびのびとできそうだ。
テクテクとスニーカーで地を蹴る成人女性、白い肌にまだ幼さの残る顔立ちをしている。名は檜木夕佳だ。平たい胸にすとんと落ちるカットソーに、ゆったりとした紺のジャージ。実は学生時代から着古した代物だ。ダークブラウンの髪は腰まで伸び、特に手入れをしたわけではないが、まとまりはある。
彼女が表に出てきたのは、単に最近甘いものを食べすぎたからダイエットをしようと、歩きにきただけだ。特別な用事があったわけでも、見たいものがあるわけでもない。なにせ、柳辻は現地民にとってはなんの変哲もない普通の居住地だ。昔から変わらない街で夕佳は代わり映えのしない日々を送り、平凡な人生を歩む。
ちょうど公園のそばを通りがかった。錆かけたブランコが揺れ、濡れたジャングルジムがポツンと建っている。子どものころ、よくみんなで集まったっけ……。中央に生えたポプリの樹木のそばで紅葉をかけあって、シャワーを降らせた覚えがある。
頭をよぎったのは小さな思い出。小学生時代には郊外の丘の向こうへ遠足へ出かけ、運動会では紅白に分かれてボールを投げ合ったり、走り回った。雪が積もり真っ白になった校庭に出ては、雪合戦をした覚えがある。キラキラとした笑い声。陽光を浴びてきらめく顔が今でも思い出される。
平穏ですぐ近くにあった日常。
今では夢のようにおぼろげになってしまった過去の欠片。私服に着替え、昔通った道を辿っても、子どものころと同じには戻れない。
アルバムに眠るおのれの写真と、今の自分は違う。少しは変われただろうか? いいや、全く。感性も精神も、未熟なまま。純粋で幼くて、平凡だ。
路端に咲く雑草と見分けのつかない野花のようだけれど、穏やかな日々を積み重ねることだけはできる。過ぎ去った日々が血肉となり、今もおのれの足を前に進ませていた。
巡り、遠ざかる街並み。ふと金木犀の甘酸っぱい匂いが鼻腔をかすめ、足を止める。秋はすぐそば。夏はいずれ置き去りになる。
今はまだ、暖かな空気に浸っていたい……。
柳辻という街のちょっと不思議な話 白雪花房 @snowhite
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