柳辻という街のちょっと不思議な話
白雪花房
第1話 もう二度と会わないと決めたのに
他の都会よりも涼しいとはいえ、夏はさすがに日差しが強い。アスファルトから照りつける熱に汗をかきつつ、補習帰りの生徒は長袖のシャツを腕まくりしながら、広場に集まる。
幾多の生徒が駅へ吸い込まれていく中、空き地にて甲高い声が響いた。
「タクヤのバカ! もうなにもあげないんだから!」
「俺だってなにももらいたくねぇよ!」
泣きわめくような言葉に対し、うんざりとした少年の声。低くも高くもない、音域だった。
女子は彼の横をプンスカと通り抜け、ローファーの先を出口へ向ける。ミニスカートをひらめかせながら、足早に広場を通り抜け、路地のほうへ。タクヤと呼ばれた男子も反対方向へ向かう。ズカズカと大股で。
遠ざかる彼の気配。また後ろへ影が伸びる。柳洞寺アリスは足を止め、はぁ……と重たいため息を付いた。熱のこもった乾いた風が肌にまとわりつき、横顔に垂れた髪がひらめく。
あいつが悪いのだ、せっかく人が贈り物をプレゼントしようとか言ったのに、無下にするんだから。
耳の奥にこだまする失笑。
――「嫌だ。君、バレンタインデーでも宝石チョコプレゼントして満足するだろ」
――「宝石チョコのなにが悪いのよ? 食べられないだけじゃない」
ムキーッときて、言い換えした。
――「本当にジェムを渡すつもりだったのかよ」
あきれ返ったようなツッコミもまた、心に残っている。
本当は彼に喜んでほしかっただけなのに……。
でも、ひょっとしたら彼はただ、高いものは受け取りたくなかっただけなのかもしれない。冷静になって気づく。
タクヤはよく言っていた。
――「もっと自分を大切にしてくれ。なんでもかんでも貢げば応えてくれるわけじゃないんだぞ」
彼は短髪で中肉中背。多少は整ってはいるものの俳優やモデル並にかっこいいわけではない。どこにでもいる普通の高校生を気に入ったのは一重に、誰に対しても気遣える性格ゆえ。
多少のプライドはあるにせよ誰かのためを思って行動できる人が、人の気持ちを軽視するはずがなかった。
路地には影が入り込み、視界には薄い幕がかかる。隙間から覗く空には厚い雲がモクモクと上っていた。
タクヤのためを思った買い与えたつもりだ。自分があげたものだから喜んでくれると勝手に想像して、押し付けて……。
なにこれ。ただの自己満足。相手の気持ちを考えていなかったのはこちらのほう。
急に鋭い風が吹き込み、長く伸びた髪が揺らめいた。心の内側がキュウッと軋み、後悔が押し寄せる。もう二度と彼と向き合えないなんて、嫌だ。
眉を寄せ、口元を引き結ぶ。
意を決して踵を返し、地を蹴った。勢いよく走り出す。路地を抜けて広場へ戻るといつもの、待ち合わせ場所が見えた。歴史上の人物ではない物珍しい銅像の近くに、中肉中背の影。短い髪を清潔感がある形に整えた少年。タクヤは黒髪を振り乱し息を荒げて立ち尽くした少女を一瞥し、気まずそうに頬をかいた。
「ごめん」
口を動かすと硬い声が漏れた。
体をガチガチに強張らせながらもまっすぐに目を見て、気持ちを伝える。
「俺こそ。言い方がきつかった」
彼はうつむく。
「でも、金のトロフィーとか受け取れないから」
きっぱりと、断りを入れる。
アリスは頷いた。
「どうせなら、手作りのものが欲しい」
遠くを見る目を細める。
「例えば、マフラーとか」
なんとなくといった風に口にした言葉を聞いて、アリスは目を大きくする。
そうか、その手があったかと。
空気はすっかりとゆるみ、暖かな風が二人を包む。
少女はくすりと笑った。高くなった頬にほんのりと赤みが差す。
「まだ冬には遠いでしょ」
高く明るい声で彼女は言った。
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