スピンオフ:小崎澪
あかりの家の前で、一度だけ躊躇ったことがある。
何もなかったような顔で呼び鈴を鳴らすくせに、心の奥では毎回、小さくうずくような罪悪感があった。
それでも私は、“友達”の顔でそこに立ち続けた。
彼女のお父さんがいなくなったのは、私たちが中学2年の冬だった。
何も言わずに消えたその人を、私は見たことがなかった。
でもあかりの目の奥に、ぽっかり空いた空洞だけがはっきりと見えた。
ある日、彼女は唐突に言った。
「……澪、明日来なくていいよ」
それがどういう意味かも聞かず、私は「うん」とだけ答えた。
逃げたんだと思う。彼女の孤独の中に踏み込むのが怖かった。
そのまま、私たちは少しずつ距離を置いた。
喧嘩もしなかった。ただ、だんだんと“何も話さなくなる”という距離の取り方だった。
それから、高校に上がるまで連絡を取ることはなかった。
再会したのは、偶然同じクラスになったからだった。
あかりはあいかわらず無表情で、誰ともつるまず、昼休みもひとりだった。
私は何度か話しかけようとしたけど、結局言葉にならずに終わって。
そんな時だった。黒巻くんが、あかりに近づいていったのは。
彼女の隣に立つあの男の子を見て、不思議と焦りはなかった。
むしろ──“あぁ、この子なら大丈夫かもしれない”って、思った。
それでも。
どこかで、「私の代わりにならないで」とも思っていた。
勝手だよね。
自分は逃げたくせに、誰かがあかりの隣に立つことには、複雑な気持ちになる。
でも屋上で、あかりがぽつりと「……澪と、話したい」と言ったとき、
私はやっと、時間が動き出したような気がした。
私たちは“戻った”わけじゃない。
たぶん、もうあの頃には戻れない。
でも、あかりの笑顔に、少しだけあの日の面影が重なって見えた。
そして──その隣に立つ黒巻くんの目が、まっすぐでやさしかったことを、私は忘れられない。
きっと、あかりにとって「光」って言える存在になるのは、私じゃない。
私は、彼女の影に触れすぎた。
でもそれでも──
「今のあかりを、ちゃんと好きになってくれる人がそばにいてほしい」
そう願うことくらいは、許されてもいいと思った。
誰かが誰かの“あかり”になる瞬間を、私はもう少し見届けていたい。
そう思えた冬の日の、冷たい夕方だった。
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