月波平のひと仕事
家に帰ると子どもたちが待っていた。
部屋は汚く、掃除もできていない。日々、食事を作るだけで精一杯だった。
やっと今日は休み。
でも子どもたちは元気だ。
普段引きこもってばかりで、外出もままならないこのご時世。
私は少し考えてから、子どもたちにこう言った。
「よしっ! 公園に行こう! 久しぶりにお外で縄跳びだ!」
戸惑ったのは子どもたちのほうだ。何か言いたそうに私を見る。
それでも、外で遊ばせないと。日光浴させないと。免疫力を少しでもつけさせないと。それに心が病んでしまったら、体も……。
私が見てきた修羅の世界を、子どもたちに見せたくはない。だから。
子どもたちを引き連れて公園に行く。すると、子連れの別の親が私に近づいてきた。
「あのう、〇〇病院の看護師さん……ですよね?」
「はい」
嫌な予感的中。子どもたちが私の脚に触れる。
「今、こんなご時世でしょ? お子さんを公園で遊ばせるのは自粛してもらえないかしら?」
「……そう、ですよね……」
なんで? 私は、私たちは何もしてない。ただ目の前の命に向き合い、病に立ち向かっているだけじゃない! なんで私たちが追い出されないといけないの? 私たちはあなたがたに何かした? 犯罪者でも、なんでもないのよ!!
怒りとともに、涙が出そうになったとき――
「〇〇病院の看護師さんですよね!!」
大きな声で、スーツの男の人が私に声をかける。
もうやめて! 私が看護師だって、みんなに知られる……
「うちの父を命がけで救ってくださって、本当にありがとうございましたっ!!」
スーツの男性は、公園の砂がつくのもはばからず、その場で土下座した。しかも、泣いてる……?
男性の行動を見た先ほどの親御さんたちは、その場から離れていく。
そうだ。何も恥じることはない。
私は仕事をした。真摯に命に向き合った。何も恥じることはない。
ひとりひとりが、何もなかったかのように公園で遊び続ける。
ああ、「普通」だ。本当に「普通」だ。
何も変わっていない。ただ人の心が荒んだだけ。私たちは何も悪くない。
悪いのは……人の本心だ。
「あの、公園で遊んでも?」
「ああ、すみません、お休みのところ。せめてお礼を言いたかっただけですので。では」
人の心に根付いた恐怖は消せないが、風化させることができる。
男はそれを知っていた。
困っている親子を救ったのは、男のついた「嘘」だった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます