B面/ある御隠居の話

 あの学校にあった池の話か。ああ、知っておるとも。……いや、見た事はない。わたしが学生だった頃には既に池は埋め立てられておった。


 わたしがあの学校に通っていたのは……もう六十年近くも前になるか。当時は木造校舎だったな。二階建てで、今時から見れば小規模な学校だった。


 そんなこじんまりとした校舎の横に、『太宰塚だざいづか』と呼ばれている場所があった。

 広さは九平方メートル程度、四方を林に囲まれた薄暗い草地だ。そこには幾つか石碑があり、まるで墓のようだった。石碑には文字が刻まれていたが、どれも摩耗して読めなかった。


 この太宰塚なる場所、実は太宰治や大宰府などとは一切関係がない。

 では何故、太宰塚と呼ばれているのかというと、元々は『堕胎塚だたいづか』という名前であったらしい。明治時代の初めまで、遊女がろした胎児――水子みずこをここに埋めていた。その水子の霊を鎮める為に作られたのがこの塚だ。それがいつの日から太宰塚に音がズレていったのだ。


 この塚の隣にあった池こそがくだんの池だ。その名も『真珠池しんじゅいけ』という。これも元は別の名で呼ばれ、『心中池しんじゅういけ』が変化したものとされている。


 兎角、あの地は死に纏わる場所だったのだ。


 さて、この太宰塚、そんなおどろおどろしい怪談があっても学校の敷地内だ。となれば、手入れをしない訳にはいくまい。手入れは生徒達による当番制で行われ、主に雑草を抜いたり、石碑を拭いたりしていた。

 わたしが当番の日、うっかり自分が当番だった事を忘れて帰宅してしまった。夕暮れ時に気付いたわたしは慌てて塚へと向かった。翌朝に早起きして手入れをする選択肢もあったが、面倒事を翌日にまで持ち越したくなかったわたしはその日の内にやる事にした。


 夕暮れ時の太宰塚はいつにも増して不気味だった。石碑が血のように赤い夕陽に染められ、風がびゅうびゅうと吹き荒れていた。

 早く終わらせよう、とわたしは肝を冷やしながらも作業を開始した。


 石碑に付着した泥を手早く拭き、雑草を抜く。早く早く日が沈む前にと心の中で念じながら強張こわばる手を動かしていく。そんな時だった。


 背後からガサリという音が聞こえた。


 風で草が揺れたのとは違う、質量の伴う音。小動物か何かが茂みを揺らした時の音だ。周囲の暗さもあって、おっかなびっくり振り返ってみたが、何もいない。犬や猫でも通り過ぎたのだろうと思って視線を前に戻した。




 わたしの膝の上に赤ん坊が手を乗せていた。




 細く短い手足はしわだらけ。顔は猿のよう。目は開いておらず、口は小さかった。一目で水子である事が分かる弱々しい姿だった。しかし、だからこそおぞましかった。こんな場所にいる筈のない水子がここにいて、動ける筈のない肉体でこちらを捉えているというのが。

 当然だが、先刻までそこには誰もいなかった。その水子は突然に現れたのだ。


 驚いたわたしは腰を抜かし、尻餅を突いた。直後、背後の茂みから何人もの水子が這い出てきたのだ。水子達はわたしに乗り掛かり、衣服の上から噛み付き、鋭い鉤爪を突き立てた。

 パニックに陥ったわたしは彼らを必死に引き剥がそうとしたが、水子達の力は信じられない程に強かった。引き剥すどころか押し倒され、彼らはより一層わたしに圧し掛かってきた。


 そして気付いた時には……わたしは病院にいた。

 どうやらあの後、わたしは気絶し、病院に運ばれたらしい。わたしを発見してくれたのは宿直の教師だった。わたしは服のあちこちを引き裂かれ、血塗れになった状態で横たわっていたそうだ。


 傷は全身に及んでいて、特に腹の傷が酷かった。まるで獣がその爪牙ではらわたを掘り返そうとしたような傷だった。その傷痕は今もなお残っている。目を閉じれば、すぐにでも水子達の音が――血肉を抉る音が耳に蘇るとも。

 後に水子を見なかったかと教師に尋ねたが、何も見なかったと返された。


 あの異形共が本当に水子であるのならば、恐らくは胎内に帰ろうとしていたのだろう。生まれる前に死んだ子の無念など、「もう一度生まれ直す」か「生みの親を呪う」以外にはあるまい。もしわたしが女性だったらはらは傷だけでは済まなかったかもしれんな。


 しかし、わたしは思うのだ。あれはただの水子の霊ではなかったのではないかと。

 水子ならば爪はやわいだろうし、歯など生えてはいまい。しかし、わたしの体には幾つもの爪痕と噛み痕がある。無論、怪異に対して常識や理屈など通用はしない。爪も歯もある水子の異形がいてもおかしくはないだろう。

 それでもわたしはこう考えている。あれは水子の皮を被った、もっと恐ろしい何かだったのではないかと。そもそもあの場所には、水子以外にも不特定多数の死体が埋められていた筈だ。


 江戸時代の後期まであの場所には屋敷があった。大地震によって屋敷は倒壊し、学校が建てられるまでは無人の地となっていたが。

 屋敷の一族は周辺一帯の祭事を司っており、近くには無縁塚があった。無縁塚というのは災害や行き倒れなどの理由で、身元不明の死者を供養する為に建てられた塚の事だ。

 大量の死者が眠る場所なら一人二人増えた所で構うまいと、遊女達はこぞってここに水子を埋めたのだ。

 そんな死臭に塗れた場所から這い出てきた怪異が、どうして他の怨念も宿していないと言えるのだろうか。


 水子。心中。無縁塚。古くより死者を……それも無念の内に死んだ者共を呑み込んできた場所。果たしてこれは偶然なのだろうか。もし偶然ではなく必然だとしたら、屋敷の者共は自分達の足元に一体何を隠していたのか。


 今やあの木造校舎は取り壊され、鉄筋コンクリートに建て替えられた。

 しかし、あの塚はまだ校舎裏にひっそりと残されていると聞いている。

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古池や かばね呼び込む 水の音 ナイカナ・S・ガシャンナ @Nycana

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