古池や かばね呼び込む 水の音

ナイカナ・S・ガシャンナ

A面/ある女学生の話

 十三階段ってあるじゃないですか。学校の七不思議には定番の。屋上へと続く階段、本当は十二段なんだけど、夜中になると十三段になっている。十三段目を踏んだものは異界へ連れ去られる――っていうのです。あれって由来は刑務所にある死刑執行台の階段が十三段だったかららしいんですけど。それはともかく。


 私が卒業した学校にもあったんです、その十三階段が。


 けれど、うちのは上にじゃなくて下に続いていたんです。屋上ではなく地下に。周囲を林に囲まれた校舎。駅からだとバスを使う必要がある程には距離がある立地。片田舎にある学校。その校内の隅にある階段。

 ――それが私の学校の十三階段です。


 私が入学した時には誰もが知っている噂になっていました。何も考えずに下りれば何も起きないけど、一段ずつ数えて下りると十二段の筈の階段が十三段になっていると。十三段目を踏んだら、怪現象に襲われると。

 とはいえ、噂はあくまで噂です。実際はただの地下倉庫に繋がる階段でした。先生も生徒も何度も出入りしていますし、私も中に入った事があります。倉庫の中には大きな三角定規や脚立なんかが置いてありました。


 その日も私は何気なく倉庫に向かっていました。先生に頼まれて、授業で使う道具を取りに行っていたのです。


 階段の上に立った時、私は唐突に階段を数えようと思いました。

 今、思い出しても何故そんな事を考えたのか分かりません。特に理由らしい理由もなく、階段を数えるのが自然だとその時は思っていました。どう考えても、そんな発想は不自然だというのに。


 一段目、二段目、三段目。……何も起きません。

 四段目、五段目、六段目。……階段はいつも通りです。

 七段目、八段目、九段目。……特に変化はありません。


 だけど、十段目、十一段目と数えて「私は何をやっているのだろう」と我に返りかけたその時でした。

 十二段目を数えたその次に、私は十三段目を踏んだのです。


「えっ!?」って驚いたんですけど、数え間違いかなとも思いました。階段の段数ってそのフロアまで含めるのか含めないのか分からなくなる時があるじゃないですか。実際はフロアまで含めて数えるのが一般的なんですけど。そのせいかもと思ったんです。


 でも、その次の十四段目を踏んだ時には本当に呼吸が止まりました。


 私の驚愕を他所に足は勝手に階段を下りていきます。


 十五段目、十六段目、十七段目。


 おかしい。ありえない。そんな訳がない。絶対にそんな深い階段じゃない。階段上から地下のフロアが一目で見える程度なんです。そんなに段数がある筈がないんです。

 引き返そうとしても体の自由が利きません。立ち止まれないし、振り向く事も出来ません。足だけが澱みなく下へ下へと向かっていきます。まるで私の足じゃないみたいに……私が足を動かしているんじゃないみたいに。


 二十一段目、二十二段目、二十三段目。


 私の目は階段しか見ていませんでした。眼球が接着剤で固定されたように、私の意思では動かせなくなっていました。周りがどうなっているのか、この階段の先がどうなっているのか見る事が出来ません。


 二十七段目、二十八段目、二十九段目。


 三十段目を超えた時、パシャリという音と共に足に冷たさを感じました。水です。三十段目から下が水で満たされていました。


 三十三段目、三十四段目、三十五段目。


 私の足は構わずどんどん下りていきます。下りるにつれて体が水の中に潜っていきます。

 私が沈んでいく。一歩ごとに水面が顔に近付いてくる。止まろうとしても、やっぱり全然止まれなくて、とうとう何も出来ずに私の顔が水の中へと入りました。


 四十二段目、四十三段目、四十四段目。


 息が出来なくて、苦しくて、でも足は止まらなくて、沈んで、沈んで。


 四十五段目、四十六段目、四十七段目。


 溺れて、苦しくて、帰れなくて、悲しくて、涙が出て、悲しくて、涙は水に溶けて、悲しくて。

 助けを求めたくて、悲しくて、悲鳴を上げたくて、悲しくて。でも声は水に遮られていて。

 悲しくて、悲しくて、何も見えなくなってきて、悲しくて、悲しくて、悲しくて、意識が遠くなっていって、悲しくて、悲しくて、悲しくて、それでも足だけは止まってくれなくて。

 悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて。


 四十八段目、四十九――――



「――――おい」



 掛けられた声と肩に乗せられた手に、私は意識を取り戻しました。

 気付けば、私は階段の上にいました。一段も下りていません。階段も十二段しかありませんでした。

 私を呼び止めたのは先生の一人でした。その先生によると、私は階段の前で茫然自失と立っていたそうです。死にそうな程に真っ青な顔をしていたと言っていました。


 学校が出来る前、ちょうどあそこには池があったそうです。明治時代には「心中するにはあそこが良い」と噂になっていて、そのせいで何人もの人が、その池に身を沈めたと聞きました。校舎を建てる際に埋め立てられてしまって、今はもう見る事は出来ないんですけど。


 川や海はあの世の入り口だという話があるそうですね。三途の川や海の彼方には死後の世界があるという逸話が全国にあるのだとか。

 あの階段の下の水に満ちたあの場所も恐らくはその類なのでしょう。何人もの人間を呑み込んできたあの池が、本当に死後の世界に繋がってしまったのではないかと。こんなのはただの妄想だと分かっているんですけど、どうしてもそんな考えが私の頭から離れてくれないのです。


 あの日以来、私は冷たい水がトラウマになりました。お風呂は温かいから平気なのですけど、プールは駄目です。海も川も怖いです。

 多分、私はこれからずっと、冷たい水に足を浸す度にあの十三階段を思い出すのだと思います。

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