第3話
ーーー二年後ーーー
看護学生の朝は早い。と言っても私は特別だ。
自宅から片道一時間半かかる看護学校をわざわざ選んだのは、近くにある学校の評判がすこぶる悪さだったからだった。
授業の日はまだマシだけど、今日みたいに病院実習の日はかなり辛い。前日の実習記録と今日の実習計画やら事前学習をして眠ったのは深夜の三時半で、起きたのが五時。そんな状態で始発電車に揺られていると、さすがに眠気に負けてしまう。
「由依、おはよう。記録やってきた?」
「おはよう麻衣ちゃん。頑張ったー。でも眠い」
「キツイよねー。でも今日新しい患者さん受け持ちでしょ?」
「うん。昨日退院しちゃったしね。どんな人だろう。怖い人じゃないといいな」
「わがままな人とかキツイよね。でもまだ今の病棟は指導者さん優しいからいい方じゃん」
「山根さん優しいよね。本当にそれは助かった」
病院内で看護学生に与えられたロッカーは敷地内の端っこにある古い二階建ての二階にある。狭い部屋だけど、職員の人たちは来ないから唯一私たちが息を抜ける大切な空間。
コンビニで買ってきたおにぎりを食べ終えてから病棟へ向かう前に、私は銀色のファイルを開く。何百回見ても飽きたりしない。私にとって癒しの時間をくれる大切な宝物だ。
「また見てる。儀式みたいになってない?」
麻衣ちゃんが隣から写真を覗き込んだ。
「かもね。落ち着くんだ、見ると。へこんでも元気になれたりするから」
「そっかあ。いいなあ、そういうの」
病棟は3階西の脳神経外科。
階段を登りながら緊張が始まる。
山根さんは優しくても、命の現場では色々なことが起こる。普段は優しく私たち学生を受け入れてくれる患者さんやご家族も、状態が悪くなれば学生を受け入れる余裕なんてなくなってしまう。
でもそれは仕方ない当然のこと。私だってその立場になったら、同じことをするはずだ。
今日入院予定の患者さんのカルテをチェックする。霧島颯さんは22歳の大学生。脳腫瘍を2年半前に発症し、その後手術した。3か月ごとのMRI検査を続け経過は良好だったのに、今回の検査で再発したことが判明し入院が決まった。
22歳。私と3歳しか違わない。
小児科の時も命の狭間で闘っている子がいた。命に性別や年齢は関係なくても、どうしてと思ってしまう。だけどそんなときはいつも、あの光景を、あの言葉を思い出す。
ーーー限りあるからこそ大切な意味を持ったり美しかったりするんだ。
外来に車椅子を持って山根さんと一緒に霧島さんを迎えに行った。外来看護師からの申し送りを聞いて霧島さんの元へ向かった。
最初の挨拶を頭の中で数回繰り返して緊張しながらカーテンを開けると、霧島さんはベッドに横になってじっと天井を見つめている。
その顔を目にした瞬間、直ぐにあの人だと分かった。ついさっきまで思い出していた言葉と銀色のファイルをくれた人の名前を、私は二年経って初めて知った。
それは…望まない形だったけど。
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