第2話
魔法の時間が終わり空はいつもの顔を取り戻した。でもその人はシャッターを切り続けていた。空に、海に、砂浜に向けて。私よりは絶対年上っぽいけど、社会人には見えない。大学生とか、院生とかそんな感じ?
こちらを振り返ったその人と目が合った。ずっと見ていたにしては遅すぎるくらいな気もする。その人はなぜか笑顔でこちらへと歩いてきたので、思わず身構えた。
「君もマジックアワーを見にきたの?」
男の人にキミなんて呼ばれたのは初めてで、こそばゆかった。
「いえ。たまたまその時間になっただけです」
「そうなんだ。地元の人?」
「違います。時々来てるだけです」
「そうなんだ。じゃあ俺と同じだ」
「そうなんですか」
「あー、もしかしなくても俺、怪しまれてる?」
「いえ。そんなことは…」
「ごめんね。何か他に人いないし、めちゃくちゃ綺麗なマジックアワー撮れたし、俺いますごく機嫌良くて。誰かとこの感動を共有したくてつい話しかけちゃったんだ。決してナンパとか、そういうんじゃないから安心して」
慌てて早口で、しかも申し訳なさそうな顔をして話す姿に思わず口角が上がっていた。
何だかこの人、感じが少しおじいちゃんに似てる。一生懸命話すところとか、良い写真が撮れてご機嫌になるところとか。
「そんな風には思ってないですから」
「本当?」
「マジックアワーを撮りに来た人だろうなって思ってました」
「なら良かったー。ごめんね。馴れ馴れしいとか図々しいとかよく怒られるんだ、俺」
確かに。とは言わなかったけど納得した。
この人はきっと周りをいつも沢山の友達に囲まれてるタイプの人だ。みんなから優しいツッコミを入れられて、ごめんー、とか謝って。太陽の下がよく似合う明るい世界が似合う。私とは真逆のタイプ。
「綺麗だったね。前は山に撮りに行ったんだけど、海のマジックアワーはまた格別だな」
「そうなんですか」
「うん。あ、そうだ。せっかくだから見てよ。これまで撮った写真」
背負っていた大きなリュックを砂浜にドスンと下ろすと、中から銀色のファイルを取り出して私の目の前に広げた。
山だけじゃなく街の中や公園、駅のホームからの風景。沢山あって思わずページをめくっていた。
写真の技術なんて全然分からないし、何がいいか悪いかなんて言えない。でもこの人の撮る写真はずっと眺めていられる。
「綺麗ですね。ほとんどマジックアワーですか?」
写真はどれもマジックアワーの景色ばかりで、昼間や夜のものは数えられる程しかない。
「そうなんだ。限られた時間にしか撮れない光景に出会えた時はめちゃくちゃ感動するんだよね。普段の自然の姿も綺麗なんだけど、その時間帯にしか見られない奇跡を沢山残しておきたいんだ。人間もそうなんだけど限りあるからこそ大切な意味を持ってたり美しかったりする。マジックアワーはその代表かな。俺にとって」
「限りあるからこそ…」
「うん。もし永遠に続く命があったとして。まあ仮定でしかないんだけど。どこに向かうか分からなくなるんじゃないかな。目的を見失うっていうか。終わりがあるからこそ、輝きを放つんじゃないのかな」
「終わりが目的ってことですか」
「まあ、究極論はそうなるね」
ついさっき、この人に出会うまで私も思ってた。全ては限りあるもので、だからおじいちゃんもいなくなってしまった。それを仕方ないことだと受け入れたくなかった。
でもこの人は限りあることに大切な意味があると言う。おじいちゃんが存在してくれていたことは、私のなかでずっと大切な宝箱のような存在になるだろう。私がおじいちゃんの死を受け入れなければ、いつまでも宝箱には出来ないのは確かだ。
「これ、良かったら君にあげるよ」
「え?」
「データは全部残してあるから現像はいくらでも出来るし。今日ここで出会えた記念と、くだらない話に付き合ってくれたお礼」
「そんな…。頂けません」
「迷惑?」
「そうじゃなくて…。こんな大切なものを」
「迷惑じゃないなら貰ってよ。俺がそうしたいだけだから」
満面の笑顔と真っ直ぐな瞳に、それ以上否定することは出来なくて両手でしっかりと受け取った。
「大切にします」
「ありがとう。貰ってくれて。俺はそろそろ時間だから帰らないと。君も元気でね!」
「ありがとうございました。あの!気をつけて」
「ありがとう!!」
何度も振り返っては勢いよく手を振る姿がどんどん遠退いていく。私はファイルを抱きしめながら、その人の姿が見えなくなるまでずっと見つめていた。
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