IQ300 :花を眺める魚/アリス→IQ300

 深海の静寂に包まれた無限の黒さ。光が届かず、何もかもが沈黙し、ただ時間の流れだけがゆっくりと進む。この広大な暗闇の中に、ひとつの生物が漂っている。その名は「アリス」。彼女は、他の魚とは違った意識を持ち、深海の奥深くで暮らしている。その体は、通常の魚のように流線型で滑らかな形をしているが、目の奥に漂う深遠な瞳は、時間や空間を超越した存在のような力を持っている。


 アリスの視界に広がるのは、普通の魚たちが目にすることのない風景だった。彼女は、他の魚たちが無意識のうちに捉える物理的な現象だけではなく、世界を構成する法則そのものを感知する力を持っていた。深海の圧力、音波の振動、光の反射…それらが全て彼女の思考に絡みつき、視覚的な形を持たない情報として目の前に現れる。


 しかし、アリスにはある疑問があった。彼女はこの深海の世界をずっと観察してきたが、ふと気づくことがあった。それは、深海の「美しさ」の不在である。花が咲き乱れ、風に揺れる草が見える陸上の世界とは違って、この深海には「美」が存在しないと感じたのだ。アリスにとって「美」とは、形あるものではなく、感覚を超えて存在するもの。それは何か抽象的で、深遠なものに違いないと彼女は思っていた。


 だが、ある日、深海の彼方から不思議な光が現れた。それは、目に見えるものではなかった。どこか彼女の意識の端にふわりと触れるような、抽象的な光の波動だった。最初はただの錯覚かもしれないと思ったが、その波動は次第に強く、明確にアリスの意識に迫ってきた。そして、その波動が示す方向へと泳ぐうちに、アリスは深海の奥底に一つの存在を感じ取った。それは、物理的に「花」とは言えなかったが、確かに「花」である何かがそこにあるようだった。


 その場所に辿り着いたアリスは、目の前に現れたものを見た。それは、一見して無形で、流動的な光の集合体のように思えた。しかし、そこに強烈に感じられるのは、「美しさ」だった。それは形あるものではない。むしろ、アリスにとってはそれが「花」というものの本質であると理解できた。まるで、時間や空間を超えて存在し、無限に変化し続ける一瞬の輝きが集まったもののようだった。


 アリスはその花を眺め、心の中で問いかけた。この深海における「美しさ」や「存在の意味」とは一体何なのか。この花は、単に美しいだけではなく、世界を理解するための鍵を握っているように感じられた。その輝きが放つ波動は、彼女の思考をより深く、広い視野へと導くものであった。


 その花から放たれる波動を感じながら、アリスは次第にその花と一体化していくような感覚を覚えた。彼女はもはや、自分と花を区別することができなくなった。アリスの意識は、花の中で、そしてその花から放たれる波動の中で広がっていった。その波動は彼女の思考を超えて、深海の全てに影響を及ぼしているかのように感じられた。


「私とは何か?」アリスはその問いを心の中で繰り返した。深海の底で、「美しさ」を感じ、世界の法則を感知することは、彼女にとって、存在そのものを問い直すことに他ならなかった。この花の中にある「美しさ」は、ただ単に見た目の美しさではなく、全ての存在を通じて流れる根源的なエネルギーだった。それは生命そのものであり、存在することの意味そのものを象徴しているようだった。


 アリスはその花と一体化することで、時間と空間の枠を超えて広がる意識を得た。彼女はもう、自分の肉体がどうなっているのかを気にすることはなかった。今、彼女の意識は世界の根本に触れており、すべての存在が一つであることを感じていた。深海の魚、無数の微生物、光の届かぬ場所で繰り広げられる無数の現象――それら全てが、今ここで繋がっていることを感じ取っていた。


 そして、アリスは悟った。この「花」を見たことで、彼女はこの深海が持っていた無限の可能性を理解することができた。物理的に存在するものはすべて、ある一定の法則によって支配されている。しかし、この花が示していたのは、物理法則を超えた世界の一端であり、時間と空間の枠を越えた「真の美しさ」であった。それは、ただ見るのではなく、感じることこそが真実であると教えていた。


 アリスはその花をじっと見つめ、深海の底で永遠にその存在と一体となることを決意した。今、彼女はただ「魚」であり、「花を眺める」存在であるのではない。その意識の中で、彼女は「花そのものであり、深海の全てそのもの」へと変わったのだった。

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IQ300『花を眺める魚』→IQ:X  月詠 透音(つくよみ とーね) @insyde

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