長いものに巻かれてろ
枝野 清
第1話 その町の二人
普通、入学式の時期と言えば、桜が咲く頃と思うだろう。でも桜は中学の卒業式が行われた時期に散ってしまった。
四月の初旬、彼女は高校の入学式を迎えた。
退屈な時間を左右に知らない人に挟まれて過ごす午後。大体誰も言う事は同じである。
帳尻合わせに校長、保護者、生徒が壇上に立って言葉を述べていく。
彼女は一列前にいる中学からの知り合いに目線が向いていた。肩よりも下に伸びる黒い髪がその人物である。これで四年連続同じクラスになった。
彼女はそうやって意識を外に放出しつつ、聞いているふりをしていれば、入学式というものは終わるのである。時間はかかるがそれしかない。スキップなど出来ないものは世の中に沢山存在する。
式が終われば、先に生徒は式場からして各教室へ戻っていく。担任が教室に戻るまでどの教室も自由に過ごせる猶予が出来る。
周りはそれぞれ知人らと会話している。この時点からクラスのグループは作られていくのであろう。
彼女は制服の内ポケットに入れていたスマホを取り出して、指紋認証でロックを解除したタイミングで聞き覚えのある声が斜め後ろから彼女を呼びかける。
「ミカ」
その人物は、入学式の際、彼女が後頭部に視線を向けた相手である。
「どうしたの?瞳」
そう口にして、後ろを振り返るといつも通りの瞳がいた。
「また一緒のクラスね」
「まるで出来レースのように」
嫌味のような口調でミカは返した。この話し方も二人にはお決まりのようなものである。
「終わったら家来る?」
「行く」
ミカは瞳とは春休みに顔を合わせる機会が無かった。都合がつかなかった点もあるが、毎日会っているわけでもない。それが二週間程度続いただけである。それでも最後に瞳の家に行ったのは二月であった。
「わかった」
そう言って瞳は自分の席へ戻って行った。出席番号順で並ぶ都合上、瞳は通路側の一番後ろであった。
室内の構造から後ろのドアが近く、人通りが多い場所であった。
瞳が戻って行った理由はすぐに分かった。担任が前のドアから教室に入って来た。周囲の立ち上がっている生徒はそれを見てすぐさま戻って行く。瞳は他の生徒より一足早く席に座っていた。相変わらず抜け目がない。
担任の話は大して耳に入って来なかった。それよりも気になることが、ミカの頭の中を駆け回っているのだ。
だが、それはすぐに決着はつかない。そして、時間は過ぎていく。
ホームルームを終えると、教室の後ろから出ていく生徒をすれ違いながら瞳はミカの元に来た。
「行こう。ミカ」
鞄の持ち手を腹の辺りで両手に持った瞳がミカに声をかけた。ミカは机の横にかけていた鞄を左手に取って返事をした。
「行こか」
入学式だから校舎には一年生以外の生徒はいないと思っていた。
しかし、その予想とは裏腹に下足箱から校門までの距離に部活の勧誘をする為に在校生が集まっていた。
「またチラシを沢山貰うかも」
それは、中学の頃まで遡る。
「そうね」
瞳は中学の頃、部員を欲していた部からしつこく勧誘を受けていた。
取り合いになる理由は瞳の完璧さから来るものであった。勉強の成績もよく、運動能力も悪くない。顔立ちも美しい部類に入るものであった。
だが、それを欲しがる人間は宗教団体かと言う程しつこい勧誘に嫌気がさして何処にも入らず終いに終わっていた。
「ミカは高校でも入らないでしょ?」
「良いところがなければ」
「なければ······か」
瞳のその言葉には含みを感じた。何か隠しているような言い方が引っかかってしまう。
結果、瞳は校門から敷地内を出るまでに勧誘のチラシを二十枚近く貰っていた。瞳は学校を出て地下鉄の駅へ続く道を歩く間、貰ったチラシを半分に畳み、律儀にも鞄の中にしまった。
「入るの?」
「どうしようかな」
答えは空振りにされた。瞳の中にある答えはミカにはわからなかった。
長い下り坂を降りた先に地下鉄の駅があった。
改札を通ってホームへ続く階段を駆け上がる。この駅だけ地上に作られている。ホームから外はガラス越しである。周囲の景色がよく見えた。
「地下鉄なのに地上」
「意外とあるわよね。ところで、ホームルームの話覚えてる?」
覚えていないだろうという前提で瞳は話を切り出した。ミカは瞳の予想を裏切らなかった。
「覚えてない。聞いてないから」
「そうよね。後ろから見ていても、心此処にあらずっていう背中をしているから。丸わかりよ」
「何話していたの?」
「明日以降の一週間よ。明日はオリエンテーションと身体測定、明後日以降は授業が執り行われるって話よ」
内容は配られたプリントの復唱に等しい。ミカはいざとなれば瞳に聞くつもりであった。だが、それを行った例はない。
「然程聞く内容でもないかな」
「そうね」
時刻通り列車は駅に到着する。転落防止用のドアと列車のドアが同時に開くと二人は車内に乗り込んだ。
列車は駅を出るとしばらく高架橋の上を走ってからトンネルへと入っていく。ミカにとってこの景色は昔から見ていた見覚えのあるものであった。
乗り込んだ駅から二駅先が私達の最寄り駅であった。こちらはさっきと違いちゃんとホームが地下にある。改札を通り、長い階段を駆け上がると駅前には住宅街が広がっていた。
瞳の家は駅から五〇〇メートル圏内の一軒家であった。平屋の日本家屋といった感じの家であった。
「入って」
瞳は鞄から鍵を取り出して玄関のドアを開けた。ミカは「お邪魔します」と口にして、言われた通り先に入った。広い玄関から先は長い廊下がある。左側に居間、右側の部屋は手前から風呂場、トイレ、キッチンである。
「誰もいないから取りあえず居間にいて」
「わかった」
そう言って瞳は居間の隣にある階段を登っていった。ミカは襖を開けて座布団を取り出し、部屋の中央にあるローテーブルから見て、窓辺に置いてその上に座った。持っていた鞄はその近くに置いた。
ミカはローテーブルに置いてあったテレビのリモコンを使って電源を入れ、しばらく画面をぼんやりと見ていた。
数分経つと、廊下から人が降りる足音が聞こえてきた。引き戸を引いて室内に入って来た瞳は着替えた姿であった。
「何かやっているの?」
「再放送のドラマくらい」
「何かお菓子持ってくるね」
「いや、いいよ」
一つ間を置いてから、瞳は口にした。
「珍しいね。いつもならお菓子を要求するのに」
「うん······」
何かあると瞳が睨んでいる様子が伝わってくる。
「どうしたの?」
「ん······」
「そう」
濁しきれず、誤魔化しきれず。間を取ることも話を続けるにも厳しくなり始めた。
「部活入るの?」
「どうして?」
「何となく」
証拠はない。それをよく当たる勘だけで当てている訳でもない。ただ、瞳が少しいつもと違うことに違和感がある。
表情が変わらない状態が数分続いたが、瞳は睨み合う状況に疲れたのか笑みが見える。
「前から誘われていてね。三学年の先輩に。この近所にいるんだ。だからそこに籍だけ入れようかなって」
「いいんじゃない」
「ミカはどうする?」
「面白そうだったらね」
茶化すようにミカは口にした。瞳はどう思っていたかわからない。目的は他にあることはバレているだろうと感じ取っていた。だが、別に隠すつもりもない。
「やっぱり、お菓子食べたい」
「わかった。持ってくるね」
「そういえば、プリンあったよね」
「それはもう食べたけど。て言うか、人の家の冷蔵庫の中身も知っているの?」
「アプリで見たから」
「見ないで。アプリも消して」
そう言われるまま仕方なくミカはアプリを消した。瞳にスマホの画面を見せながら、アプリをアンインストールする一連の動作を見せた。
だが、この家のことは瞳が思っているよりもミカはわかっていた。気づかれるまで残りは黙っておこうと思った。
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