第13話 仮初

…ここは?

俺、何してたんだっけ?…あれ?思い出せない。

僕?私?…え?名前は?何者なんだ?


「やあ。再びここに来てくれて嬉しく思うよ長谷波君。」


誰…?

長谷波?それが名前?


「…?どうしたんだい?私はレベッタ。覚えてるだろう?」


レベッタ…さん?

誰だ?思い出せない。

頭がズキズキと痛む。考えも覚束ない。


「…まさか、記憶がないのかい?」


記憶がない?…そう、なのかもしれない。

自分が何をしているのか、何なら何者なのかすらわからない。


「なるほど。ちょっと君の脳内を覗かせてもらうよ。」


頭…?だと思われる場所にレベッタさんは手を当ててきた。とても温かい。


「ふむふむ。そういうことか。」


何かわかったのか?


「うん。君は記憶を失ったというより、思い出すことを必死に拒んでいるようだ。言うなれば今の君は…仮初だ。現実から目を離そうとするあまり、過去の自分を丸ごと捨てようとしているんだろう。」


現実?仮初?…何を言われているのかわからない。

結局、何がわかったんだよ。


「君は知りたいか?知ればほぼ確実にそれを拒み、苦しむだろう。それを理解したうえで、本気で知りたいと思えるか?」


…苦しんだとしても、記憶がない限り元には戻れない。レベッタさんの言葉を借りるなら、仮初のままで生きていきたくはない。

それなら、知るほうが得策だと思う。


「…まあ、教えましょうか。───」


──レベッタさんが人間の時の俺から現在までを語りきったとき、目から、溢れんばかりの涙が流れていた。

手に垂れてきた涙を見て、改めて自己嫌悪に苛まれる。

人を殺した…その事実を認めたくない。でも、知ってしまった以上、乗り越えないと生きていこうにも生きれない。

そんな2つの思考が知恵の輪のように複雑に絡まり合い、心の内を刺激してくる。

つらいなぁ…。


「苦しいよね。日本なら普通に犯罪とも言えるしね。…でもさ、私は思うんだよ。命あるものなら、どれだけ非人道的なことをしても、どれだけ周りに非難されたとしても、生きる希望を、死に抗う固い意志を、持たなきゃいけないと。まあ、至極当然で身勝手な考え方だと言われるかもしれないけどね。」


つまり、レベッタさんの言い分は、犯罪だろうと何だろうと、生きるためなら厭わないってことだ。

…確かに、あそこで殺さなかったら間違いなく死んでいた。

でも、皆殺しにする必要はあったのか?それに、あの屑男ですら、最期は人間として死んでいった。本当に俺は正しい判断を下したんだろうか。


「ここで大事なのは、正しい、正しくないじゃないんだよ。死ぬ、死なないなんだ。君自身も、あそこで殺さなければ死んでいたことは理解しているだろう?…そういうことだよ。生きるためにはそれなりの代償が必要なんだ。」


それは言い換えれば俺は間違った判断を下したってことじゃないか?


「…そりゃーね。君にとっちゃ間違ってると思うよ。でも、その場の判断としては最善だ。何の犠牲もなしに生を得られるとは思わない方が良いよ。」


レベッタさんの考え方はあまりに合理的だ。

三人称から見ればそれは正しいのかもしれない。でも、一人称で見れば、犠牲が大きすぎる。抉られた心はそう簡単には元に戻らない。


「合理的…そう、合理的だ。それが美しく、最も正しい判断とも言えるんじゃないか?少なくとも私はそうだ。」


…その意見に完全に賛成することはできない。でも、今は少なからずそれを認めるしか、自分自身を宥められない気がする。

……仕方ない。人を殺したという事実はなくなることはないが、この逆境を乗り切れるかどうかがこれからの俺の運命を分ける瀬戸際なんだろう。


「うん。よく考えた末にその考えに至るのは流石としか言えないよ。でも、1つだけ勘違いしないで欲しいことがある。君は今回の出来事を肝に銘じておかなきゃならない。油断して忘れれば、次に同じことがあったとき、今度こそ立ち直れないだろう。気をつけておきな。」


…なんとなく、そうなる気がする。肝に銘じておこう。

そう思った時には、もう涙は出なくなっていた。

目元の涙が蒸発し、ひんやりとした感覚が伝わってくる。それはまるで俺の熱を冷まし、慰めてくれているようで、どこか心が救われたような気がした。


「まあ、この話はこれで終わりにしようか。やっと本題に入れるよ。」


本題?何のことだ?


「ここがどこか忘れたのかい?階の間だよ。進化に決まってるじゃないか。」


し、進化だと…?できるのか?


「うん。ここまではやく再び進化に辿り着くとは思わなかったけどね。」


たぶん、人間を殺して得た経験値でレベルが30に達したんだろう。複雑だが…まぁ、ありがたく思わないとな。


(パチッ)


レベッタさんが指を鳴らし、進化系統図が現れた。



           〈殻渦族シェル

       ウィークレッサーシェル

          |    |

     ウィークシェル レッサーシェル

            |

            シェル   


なるほど。今回はシェルになる以外道はないのか。

一応解析サーチもしとくかな。


解析サーチ)   


〘対象物の解析完了。シェル-ウィークシェルの素早さとレッサーシェルのバランスの取れたステータスが合わさった個体。また、微毒を使える。大駆除戦でシェル以上は全滅したと言われている。〙


意外とすごいのかもしれない。全滅したってことは…超レアなんじゃね?何か嬉しい。

てか毒使えるってのが気になりすぎる。どんなやつなんだろうか。


「じゃあ、進化ってことでいいかな。」


あぁ、頼む。楽しみだ。


***


数時間後…


(パリンッ)


前の進化と同じようにガラスが割れたような音がして戻ってきた。

進化が済んだようだ。


「それじゃ、また頑張ってね!次の進化時まで、しばしお別れだ。」


じゃあさよなら…と、前言い忘れていたことがあったな。

声で出さなくても伝わるんだろうが…


「レベッタさん、ありがとう!」


「こちらこそ、話し相手がいて楽しかったよ。ありがとね。」


(パチッ)


レベッタさんが指を鳴らすとともに、俺の身体はあの血だらけの部屋へと戻っていった。



仮初…そんな状態に陥らないために、愚かな選択をしないように、必死に足掻く。

それを心に留め、流れに身を任せて俺は目を閉じた…。


〈13話 仮初 完〉





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魔王の階段登ります!〜迷宮から始まる元魔王の成り上がり〜 希薄 @kihakku

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