第8話

 円筒形の飛行艇に乗り込んだ一行は、それぞれ座席に着座する。

 座席は前方と左右に分かれており、ムーアの座る席だけが中央にある。

 進行方向に当たる前方の席にはセリーナ、リボル。

 参考方向に向かって右側にアシュリン、クロウフォード。

 左側にケイリン、ランディ。

 中心にムーアが座っている。



「それでは出発致します」



 円筒形の飛行艇の頭上のハッチが開き、リフトアップしていく様をアルバールを見上げながら見送った。

 上昇して通り過ぎる度にハッチが閉じられ、いよいよ最後の一枚が開いた証として陽光が飛空艇に降り注ぐ。

 飛行体制に入った円筒型の飛行艇は音なくゆっくし上昇し、地上に出た途端に急加速で上空へと飛び立ち、ブレーキすることなく直角に前方へと高速で飛び立った。

 ムーア達が乗る飛行艇が出てきた場所を追うと、巨大な潜水空母があり、ムーア達が飛び立ったのを見送り終わったかのように、再び潜水を開始して深海へとその身を沈めて行った。

 ムーア達は深い海の底に巨大な潜水艦を這わせ、その中で生活をして過ごしていた。



◾️



 陽の当たらない暗い中で、空腹に耐えながら壁に寄りかかって座っている。

 もう何日も食べ物を口にすることなく、水すらもまともに飲めていない。

 毎日毎日、どこかでゴミを漁ったり、道端に落ちている食べカスを探したり、時にはネズミを捕まえて食べ、雨が降れば空に向かって口を空けて水分を補給し、晴れて雨が続かない日はドブ水を啜った。

 まともな生活をしていなかった状態が、もう物心ついた頃からずっと続いていた。



『僕はきっと、近いうちに死ぬんだろうな…』



 心の中で1人呟き、自身の死期を間近に感じながら絶望しかなかったこの人生に、ただ悔しさと悲しさが込み上げて涙が出てきた。

 食べ物を求め、ゆらゆらと亡霊のように歩く。

 意識は半分なかった。

 今自分がどこを歩いているかも分からなかったが、その様子を心配するような人間はこの場所にはいない。

 暗い路地裏から街の通りは出たのか、視界に光が差し込んだ。

 だが体力の限界を迎えたのか、体に力が入らなくなりうつ伏せに倒れた。

 自身の死期を悟った時、視界が一瞬暗くなった。

 誰かの影が入り込んだのか、残った僅かな力を振り絞って視線を影の主へと移す。

 逆光で顔に影がかかってよく見えないが、髪の長さと顔立ちの雰囲気から女であろうと予想した。

 影で顔が見えない人物は倒れている者を覗き込んだ。



「どうしたの?大丈夫?」



 言葉を返す気力も体力もなかった者は、体力が尽きてそのまま意識を失った。

 意識を失う瞬間、大きな声で誰かが叫んでいることだけは分かった。



「ミリナ様!困ります!勝手にどこかに行かれては…。この辺りは貧民が集うスラム街が近く、治安もとても悪いのです。急いで戻りましょう。」

 


 剣を腰に携えている男数人がミリナと呼ばれた女の元へ急いで駆けつけているところだった。

 ふと目を覚ますと、真っ白い天井が目に入った。

身に覚えのない天井を見て、シュラークは自分が病院に入院していることに気が付く。



「夢か…」



 シュラークは物心ついた頃から孤児であり、実の親は誰かも分からず、友達もいない環境の中で育った。

 常に落ちている物を拾っては食べたりして飢えを凌いでいた。

 希望などはなく、常に絶望の中で生きてきたこの人生を終えようとした時に、一筋の光を灯し、救ってくれたミリナをシュラークは心から敬愛していた。

 彼女のためなら命をも投げ出す覚悟がある。

 そんな気概を抱いていたシュラークは、ミリナに拾われて孤児院へと入れてもらった後に、彼女の力に少しでもなれるようにと剣術を誰よりも努力して身につけていった結果、現在は騎士の憧れでもあるアルヴァー騎士団に入団するまで登り詰めた努力の男であった。

 ミリナの力になりたい。

 そんな願望を、今回の任務結果は悉く打ち破ってきた。

 隊は全滅、そして道案内をしてくれたコリーは目の前で殺された。



「自分と、みんなを救って欲しい」



 コリーの願いは、恐怖と不安が綯い交ぜになっている状態だったであろうことは一目瞭然であった。

 自分1人だけ逃げ延びることだって出来たはずだし、その方が楽だったろう。

 でもコリーは勇気を出して、アルヴァー騎士団に頼ってみんなを救うという選択をしてくれた。

 救ってやりたかった。

 その幼心の中にある純粋無垢な優しい心を、正義を守ってあげたかった。

 でも目の前でコリーは殺されてしまった。

 あの死に顔を再び思い出し、自分の無力さを痛感した時、シュラークはいつも首から下げていたペンダントのことが気になり、胸元を探った。

 自分の唯一の宝物である、思い出の詰まったペンダントがないことに焦るシュラーク。



「あの下水道か…」



 暴漢共に気絶させられ、ボルテルの元から去るまでの間に落としたか、取られた可能性を考えたシュラークはコリーのこともあり、自分の力の無さに再び心の底から己へ腹が立った。



「クソ!!!」



 自分の寝ているベッドのマットレスを思い切り叩く。

 何がなんでも絶対にあの下水道に行くこと、そしてコリーの仇を取ること、同時にミリナのためにも確実にボルテルを倒すことを誓うシュラークであった。

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