第1話

「団長、生存者は1人もいません」


「そうか。それにしてもなんて状況だ。死体の一部は頭部がない。見つからない以上、懸賞金がかけられている者の首を取ったと見るのが妥当だろうな。しかし、これは本当に人間がやったことなのか…」


「人間だとしたら、本物の悪魔でしょうね。そうとしか考えられません」


「誰かに恨まれ、報復されたという可能性もある。報復にしてはいき過ぎているが」


「ハデスルノアがバラバラになっていたり、他の傭兵と思われる人もほぼ一撃でやられている様を見ると、ゾッとします」


「一体誰がこんなことをしたのか。ハデスルノアは用心深く、金には糸目をつけずに腕描きのボディーガードで固めていたからな。裏稼業で犯罪にも平気で手を染める者も実力があれば雇っていたと聞く。俺でも敵わない者もきっといただろうに」


「団長以上なんて、そんな大袈裟な」


「大袈裟なものか。これまでハデスルノアに悪い噂が立っても誰一人検挙しようとした者はいない。手が出せない状態だったんだ。俺以上の実力があった者がいてもおかしくない」


「俄かに信じられません」


「お前がまだそれだけの実力者に出会ってないというだけだよ。俺を買い被りすぎだ。にしても、俺でもここまでの殺しの現場は見たことがない」


「そうですか…。それにしても、誰がこんなことをしたのか?動機もですが正体が気になりますね」


「よっぽど恨まれていたとしか思えない現場だな」


「恨むにしても、ちゃんと国の法律に則って裁きを下さなければ、やっていることは犯罪者と同じです」


「ははっ!相変わらずまっすぐな男だなお前は」



 1人の騎士と団長がハデスルノアの屋敷の凄惨な光景を目の前に話をしていた。すると、別の騎士が駆け込んで2人の間に割って入った。



「団長、地下に牢屋と思われる部屋を発見しました」


「分かった。すぐ行く。シュラーク、お前も来い」


「はい!」



 団長とシュラークは移動し地下牢にたどり着くと、そこには人を閉じ込める牢屋だけでなく拷問するための部屋と思わしき場所もあった。



「団長、ここは人を閉じ込めて拷問していた現場でしょうか?」


「そうだろうな」


「なぜ今までハデスルノアが見過ごされてきたのか不思議でなりません」


「常に悪い噂が出回っていたが、どうやら本当に悪いことに手を染めていたようだな。なにか裏があるのは間違いなさそうだ。一旦戻って姫様に報告しよう」


「はい!」



 シェラークは団長に敬礼して返事をするが、何とも言えない疑念を抱きながらハデスルノアの屋敷を後にする団長とシュラーク一行であった。




 団長とシュラーク一行は、自国フラタニティへ到着し、ハデスルノアの屋敷で起きた虐殺事件の報告をするために王城の謁見の間へ赴いていた。

 フラタニティは桜のような美しいピンク色の花びらがあちこちに咲き乱れており、いくつか大きな池もある彩が鮮やかで自然豊かな国である。

 王城へ向かう道中では、行き交う人々から挨拶や労いの言葉をかけられ、シュラークは心優しいこの国の民が好きだし、この国のためになるなら自分のできることは何でもやりたいと思い、歩きながら胸元に入れていたペンダントを取り出した。

 そこには幼いシェラークと少女2人が写っており、その写真を見たシェラークは微笑む。

 幼き日を懐かしもうとした時、ふと奥まった路地の先にある陽の光が当たらない場所が目についた。

 そこには目をつぶったまま項垂れている者の姿が何人か目に入る。

 この国は全員が豊かな生活を送っているわけではなく、一部の貧しい人間は家もなければ日々の食事が満足にできないことが伺える光景であった。

 この国の裏の一面を改めて目にしたシュラークも、何を隠そう彼らと同じスラム育ちの過去があり、当時の生活を思い出し複雑な気分になった。

 帰還したアルヴァー騎士団は一国も早く王女へ報告するために、団長メラヘルとシェラークが代表して王城の謁見の間の扉前でやってきており、入室許可が出るのを待っている。

 そして、しばらく経つと扉が左右に開いた。

 シェラークはメラヘルの一歩後ろを追従する形で入室する。

 中に入ると、両脇に鎧を纏った騎士が左右の壁沿いに奥に向かって一列に並んでいた。

 中は奥行きが長く、天井が高い空間となっていて中央には奥に向かって長い赤色のカーペットが敷かれている。

 シュラークは毎回謁見の間の壮大な光景に緊張で体が強張り、ゴクリと生唾を飲み込む。

 最奥部の中心には階段があり、その上には宝石が散りばめられた豪華で大きな玉座が置かれており、そこに1人の女が座っていた。

 メラヘルとシェラークは階段手前で止まり片膝をついて頭を下げる。



「ミリナ様、アルヴァー騎士団ただいま戻りました」



 団長が開口一番に帰還の報告をした。

 目の前の玉座には袖の部分がレースで透けている白いワンピースを着た王女が座っている。

 王女の優雅で美しい姿に毎回目を奪われる男は少なくない。

 いや、もはやこのフロアにいる全員、この国の男で王女の顔を見た男は全てが魅了されるであろう風貌。



「メラヘル、ご苦労様。現場の状況はどうだった?」


「ありがとうございます。現場はあちこち死体だらけで悲惨な現場でした。生存者の確認もしましたが、1人もおらず、ただ地下に牢屋と拷問部屋らしき場所を発見しました。拷問部屋では拷問道具と床に血がついており、恐らく牢屋に捉えていた人間に拷問していたかと思われます。どういった人間を捕らえていたのかまでは分からなかったので、調査が必要かと思います。ただ、ハデスルノアとその妻であるラナの死体が発見されたのですが、死体の状況から見るに相当な恨みを持った者の犯行であるかと思われます」


「ハデスルノアには悪い噂があるけど、少なくとも私の知っている彼は人から恨みを買われるような人物ではなく、ましてや人を捕らえて拷問するとは全く想像がつかないけれど、裏の顔があったということかしらね。信じられないけど事実だとすればとてもじゃないけど許されることではありません。調査をお願いできるかしら?」


「かしこまりました。ただちに調査致します」



 ミリナの断固として悪を許さないという強い眼差しをこの場にいる全員が感じていた。

 報告を終えたメラヘルは、ミリナに一礼すると出入口へ向かい、シェラークも後に続いて謁見の間を退出した。

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