シュヴァルツァーリッター

入山蒼

プロローグ①

 漆黒の空に幾億もの星々が煌めき、鮮やかな光となった美しい夜空を背景に静寂が街を包んでいる。

 街はわずかな街灯と住宅の光で、空から見れば落ち着いたイルミネーションを見ているかのようだ。そんな幻想的な街で突如、建物のガラスが割れる音が響く。

 黒いネクタイ、上下黒スーツ姿の男と青い着物を着た女が窓ガラスが割れた外に向けてピストルを構え、トリガーを引き、拳銃からワイヤーが射出される。



「準備はいいか?」


「ええ」



 青い着物を着た女は、スーツ姿の男の問いかけに端的に答える。

 2人は割れた窓ガラスの向こう側へ飛ぶ。同時に再度トリガーを引き、ワイヤーが巻き戻る作用に乗じて2人は上空を滑空しつつ、離れた向かいの建物壁面を土台にして屋上へと移動する。





 夜の人通りの少ない街中の大きな交差点を目の前に、全身が黒い服でまとまっている長髪の男が立っている。

 男の目の前に1台の車が止まり、後部座席が自動で上へと開き男が乗り込むと、すぐさま運転席にいるミディアムボブヘアーの女が声をかけてきた。



「お待たせいたしました」


「状況は?」



 後部座席へ乗り込んだ男が状況確認の報告を促す。



「アシュリン、クロウフォードは予定通りのポイントにて待機。エゴン、ランディはいつでも出撃できる準備が整っています」


「やれ」



 男の発言に答えたのは運転席の女ではなく、助手席に座っているチャイナ服を着た女だった。

 現在の状況を聞いた男は前方の席に座っている2人に向かって命令を出す。



「「かしこまりました」」



 2人が同時に返し、助手席に座っている女が蟀谷に人差し指と中指を当て、脳内でテレパシーのように指示を送る。



【アシュリン、クロウフォード、エゴン、ランディ。ムーア様の許可が出た。始めて】



 離れた場所にいる4人に電気信号のように送信され、受信した4人からそれぞれ返答がきた。



「「「了解」」」


「待ってましたー!」



 先に返って来たアシュリン、クロウフォード、エゴンの返事に対して1人、興奮気味に気安い返事をするランディ。

 このやり取りは車内にいる全員が脳内で聞いており、ランディの返答を聞いた助手席に座るチャイナ服の女は、抑えることができず漏れてしまうほどの怒りを顕にした表情になった。



「あの男は毎回毎回、ムーア様がいらっしゃると言うのになんてはしたない・・・」



 運転席の女は真正面を見て運転しながら微笑を浮かべて答える。



「ケイリン、ムーア様に忠誠を誓った者に対して、ムーア様ご本人の前でそういったことを言うのはいかがなものかしら?」



 ケイリンは凍った湖の上で急に氷が割れて海に落ちた後のように体が冷え上がり、瞬時に体が寒くなり嫌な汗をドッとかき、慌てて後部座席に可能な限り体を精一杯向けて頭を下げる。



「た、大変申し訳ございませんでした!」


「構わん」



 ムーアは一言だけ返し、少し安堵したケイリンは最大限の感謝を表す。



「寛大なお心、ありがとうございます!」



 そして、ムーアは気になることを運転席の女に聞いた。



「セリーナ、後どれくらいで到着する?」


「10分で到着する見込みです」


「5分で行け」


「かしこまりました」



 車はさらにスピードを上げて目的の場所へ向かった。





 屋上で双眼鏡を覗いていた黒ネクタイにスーツ姿の男が青い着物を着た女に、ターゲットの屋敷屋上の状況を伝える。



「アシュリン、屋上に巡回警備が6人いる」


「私が片付けるから、クロウフォードはその後に来て」


「おいおい、全部持って行くつもりか?」


「問答している暇はない。私は行くから」



 アシュリンは、ワイヤーガンで屋敷の手摺付近のやや下あたりに狙いをつけてトリガーを引きワイヤーを射出した。

 この場所に来た時と同じ動作で、ターゲットの屋敷屋上に向かって滑空する。



「ムーア様のこととなると……まぁ仕方ないか。ムーア様に対しての想いは私にも分かるからな」



 気持ちが分かるクロウフォードは誰もいない空間で1人呟いた。



 滑空したアシュリンは壁に着地しすると同時に壁を蹴り上げ、上空へ飛ぶ。

 飛びながらワイヤーを収納し、屋上へ着地した。着物の両袖から全長25cm程のそれぞれ逆方向に湾曲している短剣を出し、後ろ姿の警備兵を背後から頭を刺し絶命させる。

 他の警備兵がアシュリンを目撃して警笛を鳴らす。



「しゅ、襲撃だー!」



 警備兵の声が響き渡り、屋上にいた他の兵だけでなく、屋上に繋がる出入口のドアから続々と屋内にいた傭兵達もが屋上へと向かってきた。


「なんだ?女か?」


「はっ!なんだよ。女1人なら楽勝じゃねぇか」


「お?よく見たらいい女だな。奴隷として売ったら金になるんじゃねぇか?ははははは!」


「そりゃいい!おい嬢ちゃん、抵抗しなきゃ傷つかずに済むぞ?その両手に持ってる剣を地面に置け」


 相手がたった1人で女のみということが分かった兵達は余裕綽々といった雰囲気でアシュリンに話しかける。

 アシュリンは聞こえていないかのように黙って歩いて向かってくる。


「おい女、聞こえて…」


 言葉は途中で切れた。

 周りの兵達が『どうした?』と思い顔を向けると、そこにはアシュリンの姿と顔がない男の姿があった。

 喋っていた男の顔は足元に転がっている。

 事態を理解した他の兵達は一斉に叫んだ。


「うわあああああああああ!!!」


 兵達は一斉に持っている銃をアシュリンに向けて射撃する。

 だがアシュリンは両手に持つ刀刃で全ての弾丸を弾き飛ばす。

 その腕捌きは速過ぎて肉眼で追うことはできない。

 そしてアシュリンはその場から消え、手前で射撃していた兵達が次々と斬られては倒れていく。

 アシュリン1人で制圧される光景に他の兵達は数分後には自分も肉の塊に成り果てるのではないかという恐怖が芽生え始めていた。

 銃のトリガーに添える指がが震え始める。

 照準も上手いこと合わない。

 その数秒後、目の前に青い着物が現れたが、1人の兵はその光景を最後に意識を失い、その他同様死体となり果て辺り一面は地獄と化した。

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