子供

復活の呪文

おしまい

 今日、ママが死んだ。


 うまく眠れなくて、いつもみたいにお休みのキスをして貰おうと、僕はママのいるリビングへ向かった。するとママはリビングの床で寝ていて、起きなかった。僕が「ママ」と声をかけても、全然返事をしない。肩を揺らしても目を開けないから、僕は椅子に座って、じっとママを見ていた。ママの顔はちょっと青白くなっていて、いつもみたいに笑ってくれない。僕はどうしていいかわからなくて、そのまま動けなかった。


「ママ、起きてよ」


 小さな声で何度も言ったけど、ママは動かない。僕は仕方なくお腹の音が鳴るのを我慢して、そのまま椅子に座り続けたけれど、眠くなってきたので僕のお部屋に戻った。部屋の中は静かで、時計の音だけがカチカチと鳴っていた。



 次の日、お腹が空いて我慢できなくなった僕は、キッチンに行くことにした。

 でも、キッチンに行くにはリビングを通らないといけない。ママのそばを歩くのは少し怖かったから、僕はママを見ないようにして、そっとリビングを通り抜けた。でも目の端にママの姿が映ってしまう。動かないママの手、冷たそうな顔。僕は急いでキッチンに行ってパンを探し、手を洗うのも忘れて食べた。


 パンを食べ終わったら、また部屋に戻った。リビングにいるとママを見てしまいそうで、怖い。僕は自分の部屋のドアを閉め、ベッドに潜り込んだ。何も考えないように目をつぶって、ずっと寝たふりをした。



 それから数日たった。リビングに行くと、ママの顔が少し変わっていた。肌の色が紫っぽくなっていて、なんだかママじゃないみたいに見えた。鼻をつく匂いもどんどん強くなってきて、息をするのが苦しくなった。僕は慌ててリビングからキッチンに駆け込んだ。パンを持って、またすぐに部屋に戻った。


「大丈夫、大丈夫」


 そう言い聞かせながら、僕はパンを食べた。だけど、ママの匂いが頭から離れない。嫌な匂いはどんどん強くなって、僕の部屋にまで届いてきた。僕はベッドの上で丸くなりながら、どうにかしたいと思ったけど、何をすればいいのかわからなかった。




 さらに何日かたつと、匂いは家中に広がってしまった。ママの肌はもっと変わっていて、膨らんでいるところがあるのが見えた。僕は台所の棚から芳香剤を取り出して、ママのそばで振りまいた。甘い花の香りが広がったけど、ママの匂いと混ざって気持ち悪かった。


 リビングから逃げるようにして部屋に戻り、僕はパソコンを開いた。動画を見ると少しだけ落ち着く。画面の中では女の人が楽しそうに笑っている。ママみたいに怒らない人たち。僕が何をしてもニコニコしていて、僕を何も責めない。僕は動画を見ながら、ズボンを下ろして手を動かした。終わると、またママの匂いを思い出してしまった。僕は頭を抱えてうずくまった。



 何日かして、玄関のチャイムが鳴った。僕は驚いて椅子から立ち上がった。ドアの向こうから声がする。


「○○区の民生委員です。どなたかいらっしゃいますか?」


 僕は耳をふさいだ。外の人なんて嫌だ。僕はドアの近くに行かないようにして、部屋の隅にしゃがみこんだ。


「近隣から通報がありまして、腐敗臭がするという話です。お母様と同居されている息子さんがいらっしゃると聞いていますが、ご在宅ですか?」


 僕は膝を抱えて、もっと小さくなった。僕のことを話している。なんで知っているの? ママが教えたの? ママは僕を守ってくれるはずだったのに。怖くて、僕は耳を塞いだ。


 ドアの向こうの声がだんだん近づいてくる。鍵がガチャリと鳴る音がして、僕は心臓がバクバクした。ドアが開く音が聞こえて、僕は頭を抱えたまま震えた。外の世界が怖い。ママの匂いがもっと強くなって、僕は涙が止まらなくなった。


「42歳の息子さんがいるはずなんだけどなあ」


 ドアの向こうから、誰かが僕を探している声が聞こえる。でも僕は動かない。動けない。

 画面の中の女の人たちはまだ笑っている。僕はその光だけを見つめていた。どんなに外が怖くても、ここならママがいて、僕は安全だと思いたかった。


 だけど、もうそれが終わりだってことは、わかっていた。


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子供 復活の呪文 @hukkatsunojumon

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